第一話「俺、死ぬの?」

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第一話「俺、死ぬの?」

第一話「俺、死ぬの?」 「癌の疑いがあります」 10月15日に、 この言葉を光流が耳にしてからは、恐るべき早さで数日が過ぎていった。 それもその筈、一日が検査と投薬の連続の上に、なにしろ気持ちが入らない。ふわりふわりと地に足の着かない心持ちに瞳孔の開いた目で現実から逃避していたからだ。 日本人は男性の2人に一人が癌になるという統計がある。 だとするとこんな気持ちに、日本人男性の半分がなってしまうのだろうか。 青天の霹靂? 16歳で耳にするにはあまりにも虚しく、悲しい一言だった。 高校に進学したばかりである。 学校帰りに友達とファーストフードにたむろする。 その程度の楽しみくらいしか、この半年は見つけられなかった。 まだ恋愛もしていない。 これからいろいろ…… 「恋愛して旅行に出かけて好物の寿司食って……」 でも。 「俺、たった16年で……死ぬの?」 同じ事を彼の父も思っていた。 あまりに惨すぎる。 あまりに酷すぎる。 5年前に事故で伴侶を無くして以来、息子の光流だけがかけがえの無い家族だった。 光流の問いかけに、父の真は目線をそらして窓の外を見た。 「なんとか……するよ」 外は、霧雨が舞っていた。 光流は、ようやくそこで涙がこぼれた。 癌になった事よりも、父の言葉に誘発されたのだ。 「父さん……俺、もっと生きたいよ……なんでだよ……」 まるでテーブルにこぼれたミルクのように、涙は止まる事がなかった。 一週間後。 「この癌は……どういう事なんだ?」 浅瑠生病院の院長・浅瑠生真の右腕である松下大四郎は、あまりに不思議な事象に叫んだ。 レントゲンに見える大きさ。ステージは明らかに高いだろう。 それは、大きさからわかる。 胃と肝臓の間にあるこの癌は、まるで一つの臓器のようにすっぽりと収まっていた。 しかし、数々の検査の結果、どうみても臓器ではなく癌である。 こんな癌は見た事が無い。 松下は真に指示を仰ぎに向かった。 「うむ……まずはセオリー通り放射線を当てる。それも研究中のガンマ・トリニティを」 「院長、まだ実験中の3方向からのガンマナイフですよ?それでは内蔵まで損傷の可能性が……?」 「私は光流を死なせたく無いんだ……未知の癌といってもいいこの癌にはトリニティのパワーにかけたい」 一方、病院に隣接された、家のベッドに横たわる光流の側に、優しげな女性が腰掛けていた。 「みつる坊ちゃん、何か食べないと」 「ミクさん、胃が癌に圧迫されていてさ……食欲が無いんだよ……」 「なにいってるんです。せっかくご主人様が坊ちゃんを治療する為にいろいろがんばってるところなんですから! ぼっちゃんも頑張って体力をつけるんです! 何か作ってきますからね!ちゃんと食べるんですよ」 お手伝いのミクさんは、そういって台所に向かって行った。 光流は、このミクさんを家族だと思って生きているが、 実はちょっとばかり圧の強いこの女性を、最初はあまり好きではなかった。 しかし、母が無くなった時に泣いている光流を抱きしめ 「ぼっちゃん!これからは私が坊ちゃんを育てます」 と叫んだ。 ミクさんに言わせればそれは母に誓ったのだそうだが、光流にはなんだか鬼気迫る迫力で宣言されたように見え 「ホントにそうなるんだ」 と不思議な安心を感じたという。 光流は、ミクさんが戻ってくるのを待っている間に気を紛らわせようと、光流はテレビのスイッチに手を伸ばした。 今はニュースの時間だ。 「アメリカで牛の血が抜かれているキャトルミューティレーションと呼ばれる現象が、ついに日本でも多発するようになった訳ですね」 光流は思わず声を上げた。 「ええ? なんだって?」 「未確認飛行物体も公にアメリカ政府が公言しましたし、地球外生命体が本当にいる、といよいよ言える時代がやってきたということですか?」 キャスターがそう言うと、科学者みたいな老人が 「牛の血が抜かれたぐらいでそんな飛躍した結論に達するのはどうかと思いますよ」 これに対して、キャスターは怒った。 「では牛だけでなく、人間も襲われたらどうするんですか!どんな生物がやっているのか、何故牛を狩るのかすら、今はわかってないんですよ!」 とコメントしたところで、ミクさんは得意のアップルパイを持ってきた。 「ぼっちゃん、食べてる間はテレビを消しましょう」 牛の血が抜かれたニュースの後に食欲はなお湧かない。 光流は、無理してパイをほおばりながら翌日に控える放射線治療の事を考えていた。 「はあ……憂鬱過ぎるだろ……」 父から貰った睡眠薬を二倍のみ、その日の意識は途絶える事となった。 そして翌日。 「じゃあ入ってくれ」 重々しい態度の父親に促され、光流は放射線治療の台座に横たわった。 正直、身体の中の癌が、うずいているような感覚になるほど緊張している。 「ホントに大丈夫だよね、父さん」 「うむ……実験段階ではあるが、この大きさの癌細胞にはこれしか無いと思っている。多少苦しいとは思うが、あまりにも辛かったら言ってくれ。では始めるぞ」 緊張で吐きそうだった。 これでここ二ヶ月の苦痛が取り除けるなら、頑張るしか無い。 ガオンガオン。 うなりを挙げながら始動するガンマナイフトリニティは、光流の胸の当たりに照準を合わせた。   「うっ!うあああああああああああ!」 「光流!!光流!!どうしたっ!」 「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」 のたうつ光流に走り寄る真。 「うがあぁぁぁぁ・うわぁぁぁぁぁぁ」 進化した癌は、光流の身体に融合していた。 癌細胞の苦しみは、そのまま光流の苦しみに直結したのだ。 愛に満ちあふれた親子の関係が、形を変えようとしている瞬間だった。 続く。
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