20人が本棚に入れています
本棚に追加
第二話「目覚めの後」
第二話「目覚めの後」
目が覚めた。
当然のごとく病院の天井が最初の景色だけど……。
「理恵さん…」
眼鏡をかけたポーニーテールの女性が椅子に腰掛けていた。
「おおっ!光流君、目ぇ覚めた?」
「はい……どれくらい寝てたんですか?」
理恵は真顔で片方の眉をあげた 。
「……一年よ……」
「ええっ!」
「うっそーん」
そうだ、この人はこういう人だったんだ。
頭脳明晰、成績優秀な大津理恵は、大学を卒業してからすぐに父・真の秘書になり、時に光流の家庭教師も勤めながら巨大病院を切り盛りしていた。
優秀すぎるが故に、人をやや下に見てどっきりをしかけるようなところに、光流はいつも振り回されていた。
「ほんとは四日間。十分長いけどね」
「あのっ癌は!?」
「うん……なんかね、ちょっとメタモールフォーゼ……みたいな?変わっちゃったけどそのままなんだよね」
目線を合わせない彼女の真顔が残念そうだ。
こんな時は冗談の入る余地もない。
「よくわかんないけど……じゃあ癌、とれてないって事ですか」
「うん。でもなんか分泌液の種類が変わったみたい」
「うっ……なんかキモいです……」
と、そこに父が入ってきた。
「光流!」
驚きと安堵の混じった顔に、多少気圧されたが、光流は声を振り絞った。
元気そうに見せる為に。
「父さん!」
「大丈夫か?」
痛みも何も無くなってはいた。
「いいか、よく聞いてくれ。お前の癌細胞は新種だけに思っていたよりも強大なんだ」
「う、うん」
「それで、開発中だったホルモン剤の一種を投薬開始したんだ」
「え?」
父は目を合わせないように窓を向いた。
「このホルモン剤によって、癌の進行は遅くなる。しかし、お前の成長も、極限まで遅れる事になるんだ」
「えっえーと……つまり?」
「お前の身長、体格等は他の同世代の人間と比べて、著しく変わらないという事になる。癌の成長と共に、お前の成長もほぼ止まってしまうんだ」
「そういう……事か……」
父は涙を流し、うなだれた。
「すまない……」
「いやっ、あのっ、死ぬより全然いいでしょ!好きな物食べたり、映画見れたりできるだけマシだよ!命あってのものだねだからさ!」
「お前は優しいな……お前を……失う事だけは避けたかったんだ……すまん……」
2人とも、涙があふれていた。
「嬉しいよ、父さん」
真は光流をきつく抱きしめた。
「時間をかせいで、必ず癌を消し去る方法を見つけてやるからな!」
「うん……」
口を挟む余地のない親子の会話に、理恵はそっと袖で涙を拭って空を見上げた。
さて、そんな光流の身体に変化が起き始めたのは、目を覚ました翌日の事だった。
ベッドを出て、売店に行こうとしたときのことだ。
突然強い地震がおきた。
特別個室の天井のシーリングライトの金具が緩み、光流に向かって落下してきたのだ。
「うおっ!」
光流は、顔を背けて右手を突き出した。
バキャン!
瞬間、空をつん裂く音と共に右手に激しい痛みが走った。
ライトの破片が刺さったのか!?
だが、現実は違っていた。
巨大な音とともに吹っ飛んでいたのはライトのほうだった。
しかし、右手の方は手のひらが火傷に蝕まれている。
「いててててっなんだこりゃあ!」
溜まらずナースコールを押し、火傷の治療と大混乱の中、真と理恵がやってきた。
成り行きを聞いた理恵は、監視カメラの映像を光流と一緒に見る事を提案。
カメラを設置されていた事等知らなかった光流は、思わず目を細めた。
「俺、監視されてたの!」
悪びれぬ理恵は当然と言った顔で応えた。
「だって目を覚まさないで個室に入ってるんだからそれくらいするわよ。VIPなんだし」
「VIPって……」
真は、一刻も早く光流に何が怒ったかを知りたかった。
それは、光流の身体を深く知るものとして、当然の気持ちだった。
果たして、ビデオには摩訶不思議といえる様相が映り込んでいた。
ライトが落ちてきた瞬間、それに向かって光流が手を挙げると、なんと手から電気のような光がきらめき、ライトを破壊して吹き飛ばした。
「これはどういう事なんだろう?」
真はなにか合点が言ったように顔をあげ、光流の質問に答えた。
「おそらく癌だ……」
「はっ?手から電気が出る癌なんて無いでしょ?」
光流は冗談だと思ったが、理恵の反応がそれを否定した。
「それは……鮫のロレンチー二器官のようなものですか?」
真は、それに応えず光流に向かって解説を始めた。
「ロレンチー二器官というのは、鮫の体内にありながら、長らく使い道がわからない臓器だったんだ」
「う、うん」
だんだん何を言っているのかわからなくなってきた。
「近年では、鮫は周囲の魚が発する生体電流を、その器官で把握しているという結論が出されている。お前の癌を調べたとき、人間には存在しない臓器のような形をしていると思っていたが」
「じゃあ、俺、電気人間になっちゃったの?手の火傷は……」
理恵がまるで諭すような表情で光流に応えた。
「鮫だって電気を直接身体の外に出せる程の器官は持ってないのよ。人間だってそれは同じ。器官が強くて電気を出しちゃっても皮膚は耐えられないでしょ」
真は、心得たりと言った表情で口角を上げた。
「うむ、たぶん、ゴムの手袋をはめる事で火傷は防げるだろう」
「あ、それはなんかわかったよ父さん。出した電気をゴムで遮断するんだね」
理恵は、ふと不安に苛まれた。
もしも公になれば、生物学的に珍しいこのサンプルを、誰かが奪いにくるのではないかと。
ここから、真と光流と理恵の戦いが始まった。
光流がエンドレスジャニアリーと名乗る日そのまで、
残り55日。
理恵の不安がこの後的中する事を、そしてさらなる悲劇の始まりを、まだ誰も知るよしも無かった。
続く
最初のコメントを投稿しよう!