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第三話「サケビタイ、ゲンジツ」
第三話「サケビタイ、ゲンジツ」
瞳が5歳の冬、車にはねられた事があった。
右手首と太ももの骨折だけで済んだが、両親は数日動けない瞳の為にあらん限りの手を使って喜ばそうとしてくれた。
その時に食べた好物のメロンは一生忘れられない程甘く、美味しかった。
冬なのでメロンは高価なものを限られた店でしか売っていない。
2人がどれほど探したか、成長した瞳はよくわかっていた。
いつかお返しをしなければ。
自分が就職して稼げるようになったら、両親を温泉に招待しよう。
自分の給料から、毎月給料日には母の好物のみたらし団子と父の好物のジャックダニエルを駆って帰るのはどうだろう?
だから今はもう少し甘えていたい。
眼前では、両親が今のテーブルでニコニコと笑っていた。
「おとうさん、おかあさん!」
2人は笑顔のままだ。
笑顔の2人に瞳も嬉しくなった。
「ねえねえ、なんでそんなに笑ってるの?何かいい事あった?」
父はこう言った。
「お前が無事に助かったからだよ」
「え!」
母は続けてこう言った。
「長生きして結婚して、ちゃんと幸せになってね」
2人とも、最高の笑顔だった。
「あれ?そういえばおとうさん、おかあさん、大丈夫なんだっけ。何か大変な事が……」
瞳は、全てをわかった気がした。
「はっ!」
目が覚めたとき、目には涙が溜まっていた。
そうだ、両親は!
バイタルサインから、目覚めて数秒で看護師がやってきた。
「八代瞳さんね。大丈夫?」
「あの!母と父は!」
ドアを開けた初老の医師が、瞳の予想通りの言葉を放った。
「ご両親は、発見された時に既になくなっていてね……」
わかってはいた。
瞳が、横たわる両親を最後に見た時、開いた目玉に蠅がとまっていたからだ。
しかし、あれが夢である事。
そして、あの謎の少年が、魔法のような力で蘇らせてくれる事。
どちらかを、期待していた。
しかし、現実はあくまで氷のように冷たかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
泣きふせるしか、やるべき事は無かったが、されどそうした所で何も変わらなかった。
どれくらい泣いていただろう。
初老の医師は消え、変わりにポニーテールに眼鏡をかけた女性が座っていた。
「喋っていいかな?」
「は……い」
「ご両親はね、うちのスタッフが駆けつけた時にはもう……」
「知ってます」
「そう……あなたの家族が襲われた事件はね、ちょっと特別な事件なんだ。もしも外で話せば、あなたの命も狙われるかもしれなくて」
「あの怪物はなんなんですか!」
申し訳なさそうに手を合わせ、理恵は目を瞑った。
「答え……られないんだよねぇ」
次の瞬間、扉が開くとともに、「あの時の」声が聞こえた。
「いいじゃない。両親を殺されて、しかも以外者に襲われて助かるなんて、滅多に無いケースなんだから」
瞳は、目を大きく向いた。
「エンドレス……ジャニワリー……」
少年は、あの時と同じように優しい笑顔で、瞳を見た。
よく見ると歳の頃は15、6だろうか。
あのときの不思議な「匂い」はしない。
「あれ?覚えてた?」
照れくさそうに片目を瞑るその姿は、あどけない少年という他は無い。
この少年が、魔法で怪物を倒し、自分を救ったヒーローとは……小柄な彼からは想像がつかない。
「沢山!沢山聞きたい事があるの!」
光流は、アイコンタクトで理恵にバトンタッチを命じ、変わりに椅子にこしかけた。
「喋りすぎるとこの子がよけい狙われるよ、ジャ・ニ・ワリー」
理恵は光流の頭をなでて出て行った。
光流は、口をへの字に折り曲げて、理恵の後ろ姿を見送った。
2人きりになった瞬間、ここぞとばかりに質問が始まった
「あなたは何者なの?」。
苦笑いが込みあげた。
「んー、ざっくりな質問だね。あの時はエンドレスジャニアリー、今は浅瑠生光流」
「名前あるんだ……てことは日本人?」
「いや、どう見てもそうでしょ。これ見てみな」
彼が持ち上げた売店の袋には「浅瑠生病院」と書いてある。
「じゃあここの……人?」
「さっき来たのが父さん。ここの院長なんだ」
「私を襲ったのは……?」
「以外者」って言うんだけど。人間以外、地球外生命体かもって意味。英語アンノウンだと不確定ってだけだから、まずはこう呼んで分類しようって事みたいよ」
「以外者……」
「各国が血眼になって奴らのサンプルを探してるんだよ。だから遭遇したなんて言ったら、君も攫われて実験されちゃうよ?俺も死にかけたんだから」
「なんで探してるの?」
「月の鉱物とか小惑星の探索、どの国もするでしょ? 地球以外の物はなんでも。未知の生物の組織体から科学や医学が発展するかもしれないからだよ」
そんなおおげさな話になるとは思っても見なかった。
「ねえ、じゃああなたのあの能力は何?」
「それは言えない」
口を尖らせ瞳は困り顔で続けた。
「じゃあエンドレスジャニアリーってなんなの?」
「それも内緒……けど、俺の時間は止まったままなんだ。あの日からね……」
急に険しい顔を見せ、光流は腰を上げた。
「またね」
「あ、ちょっと!」
一人残された瞳は、気がつけば先ほどまでの悲しさから、解放されていた。
「またって……言ったよね。また……会えるんだ……」
一方光流は、浅瑠生病院の地下にある、レベル4エリアまで降りてきていた。
実験室からは父と右腕の松下が出てきた所だった。
「光流、あの子は?」
「まあなんとか。それより怪物を解剖した結果は?」
苦虫を潰したような顔で、真は応える。
「まあ、だいぶ電撃で組織が焼けてはいるが……彼女の両親と合わせて解剖した所、驚くべき事がわかった」
「な、なに?」
今回の以外者は……生物の血を舌から吸って吸収していたわけなんだが……」
松下は気分が悪そうに言い放った。
「蚊なんですよ、ようするに」
光流は首を傾げる。
「蚊?」
真はまあまあと松下の肩を叩き、話を続けた。
「蚊というのは、血液を抜き、かゆみの元の毒をいれるだろう。それと同じように、奴は血を吸いきって変わりにある種の液体を身体にいれる」
「へえ、さすが父さん。その液体は?」
「今調べているが、地球には無い。タンパク質の一種ではあるんだが」
「んん? なんの……ためなんだろうね」
真は眉間に皺をよせ、重苦しい空気を醸し出す。
光流は、これが父の言いたく無い事を言う時の癖だと知っていた。
「仮説だが……別の以外者が、捕食するための食事に作り替えていると……」
光流は、おもわず全身の毛が逆立った。
「ってことは……あいつは下っ端? メインディッシュを食う奴が他にいるって事かい!」
光流の剣幕に、真は躊躇しつつも続けるしか無かった。
「もともと今回お前が向かった山は、行方不明者が10人を超えたが為に、向かった筈だ」
「あっ!そうか」
「だが今回は彼女の両親を始めとして、死体が存在するわけだ。もちろん、行方不明者が連れ去られたとか、死体を隠された、という可能性も否定はできないが……」
「じゃあ、俺はまんまと一杯食わされたって事!下っ端だけ倒して戻ってきちゃったんだ……大変だ!戻らなきゃ!」
しかし、この時更なる脅威が、病院に迫っている事に、全ての人間が気がつくはずも無かった。
続く
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