第八話「一番大切なのは何?」

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第八話「一番大切なのは何?」

第八話「一番大切なのは何?」 台所(だいどころ)では、頭を撃(う)たれたお手伝いのミクさんが冷たくなっていた。 「ミクさん! ミクさん! うわあああああああ」 色々な思い出がこみ上げてきたが、光流にはそれを上回る怒りが芽生えていた。 「ちきしょう……どこのどいつだ!」 「お、お父さんは?」 「そうだ! 着替えに帰ったんだよね?」 しかし、光流はふと我に帰った。 ここに残っている敵がいるかもしれない。 だとすれば、まず目の前の瞳を守らなくては。 幸い、台所にはゴム手袋がある。 光流は流しのゴム手袋をはめ、感覚を研ぎすませた。 超感覚は、体内電流を検知する事までも可能にしていた。 おそらく居る。 光流の内臓との細胞共振が無いので移植兵士はいないようだ。 一般兵だけだろうが、一人……二人……三人屋内にいる。 身振りで瞳を大きな冷蔵庫の中に入れ、ゆっくりと歩き出す。 階段上に二人。 玄関に一人。 光流は庭から雨どいを使って二階にあがり、 階段の上で銃を構える二人の後方に回った。 深呼吸を一回。 「くらえ!」 息を吐き出すと共に、扉を開け左手と右手で、同時に階段の上と下の三人に電撃を浴びせた。 兵士とはいえただの人間に電撃を浴びせたのは初めてだった。 おそらく全員絶命しているが、果たして父はどこにいるのか。 瞳を冷蔵庫から出し、一緒に探したが父の姿はどこにも無かった。 理恵が撃たれ、ミクさんは死に、父は行方不明。 「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」 まだ二〇年程しか生きていない光流にとって、 身内のすべてが消え去った事実は、あまりにも厳しかった。 自分に癌が見つかって以来不幸の中心は自分だと思い続けていたが、今はミクさんをはじめとした身内の人々の方が不幸かもしれない。 そして、光流にとって、自分が死ぬ事よりも、身内が死ぬ事が一番辛い事が、よくわかった。 となれば、自分の命を投げ出しても父親を助ける。 人の為に命をかける事が、自分の使命であると光流は感じていた。 そして、光流の「そうした思い」を感じていた瞳もまた、とてつもなく辛かった……。 こうして自宅襲撃事件から二日が経過して、一つ朗報が舞い込んだ。 理恵が目覚めたのだ。 撃たれた弾は、偶然にも臓器の間にとどまった。 しかしながら、以外者の組織を使った有機体の弾丸故、肉芽となって食い込み、無理に外そうとすれば内臓を損傷する事がわかってきた。 真の助手・松下と光流は、悩んだが、少なくともしばらくは様子見でこのまま肉芽が巨大化しないように、反成長ホルモン剤を投与しなくてはならなかった。 「光流、生きててよかったよ……」 理恵の第一声は、これだった。 自分の事より、俺の事を……光流は目に涙を溜めながら、理恵を抱きしめた。 理恵には、光流のイライラが、伝わってくるようだった。 「これであたしも三日に一回の点滴で成長ストップか。今は二月だから……エンドレス・フェブラリーとでも名乗ろうかね……」 頑張って冗談を言ったつもりだったが、光流はあまり笑ってくれなかった。 「そんな辛そうな顔しないでよ。笑って笑って」 だが、光流は下を向くだけだった……。 理恵にとっては、自分の目を見られない光流の姿が「何か」を感じさせた。 「おとうさん、どうしたの?」 「ちょっと……以外者の解剖に夢中みたいで……」 理恵にはそれが嘘だと一秒でわかった。 しかし、その先に踏み込んで会話をすることはないままに時が過ぎて行った。 そして。 「光流坊ちゃん、お電話です」 さらに二日が経過したとき、病院の内線から光流に連絡が入った。 「もしもし?」 「こちらは、オマエの父親をカクホしてマス」 「……お前らか……」 「ニホンのケイサツには黙って、湾岸のドンバス倉庫四号マデきなさイ。明日の夕方ゴジね」 「……わかった。父さんは生きてるのか?」 「カロウジテ」 そういって電話は切られた。 「クソっ」 光流は固定電話を叩き付けた。 向こうの魂胆はバカでもわかる。 父と光流を交換し、光流をサンプルとして本国に連れ帰りたいのだ。 ……例(たと)え殺してでも。 光流は、自分のために父が死ぬような事があってはならない、代わりに自分が死のうと思っていた。 だから、この呼び出しには半ば投げやりな気持ちになっていた。 ただ、残った人達には意図を伝えておきたい。 光流は瞳を院長室に呼び出し、明日の取引の事を告げた。 「という訳で、明日倉庫に行ってくるよ。あとはよろしく……」 瞳は、衝撃を受けた。 ここまでたいがいの出来事が続いていたが、これはもはや限界だと思った。 「ダメだよ、死んじゃうよ!」 「良(い)いんだ。もう」 「何が良いの!大津さんだって悲しむよ!」 「俺がいる限りまわりの人達まで含めて世界の軍から狙われるんだ。こんなのもう終わりにしないと」 「だって!」 初めてここまで取り乱す瞳を見て、光流は少し動揺した。 そんな彼女に対しては、もはや嘘で黙らせるしかない。 「わかった。どんな事をしても帰ってくるから」 「……本当?」 「うん」 精一杯の笑顔を貼付け、光流は瞳を抱きしめた。 瞳は嬉しく、何かが始まるような気がしたが、光流はこれが最後だろうと思っていた。 すれ違う二人の心は、まるで釣瓶のようにちぐはぐとしたものになっていた。 終わりの歌は、高らかにイントロを奏でていた。 続く。
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