プロローグ「永遠の一月」

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プロローグ「永遠の一月」

プロローグ「永遠の一月」 「はあっはあっはあっ」 闇にくるまれた山の中を、走るショートカットの少女。 八代瞳は、追われていた。 この日の夕方、普通のオートキャンプ場に両親と来訪して、普通に過ごしていた。 よくある春休みの家族イベントとして、翌朝普通に帰る筈だったが、何かが狂ったのは、自分だけ先にお風呂に入った後だ。 夕食の支度をするからと両親は瞳に、共用の大浴場に向かう事を進めた。 17歳の一人娘を、父と母は溺愛していたのだ。 彼女が、自分が優先される事を「いつもの事」だと思えていたのは、この日が最後だった。 風呂からあがると、2人の姿は消えていた。 キャンプ場には5台程の車が置かれていたが、全く人気が消えていた。 人だけがこつ然と消えていたのだ。 ふと、あまりの静寂にネガティヴな予感が走ったため、声は出さずに車のまわりを見回してみると、 15メートル程離れた小屋の影に、横たわる両親を発見できた。 「おと…」 近づいて、様子がうきぼりになるにつけ、思わず口に手が伸びた。 母と父は、どう見ても命の気配がしなかった。 カッと開かれた眼球に、蠅が止まっていたから。 しかし、悲しみよりも恐怖がこみ上げていた。 ライトに照らされる形で、亡がらのわずか向こうから不思議な生物が覗き込んでいたからである。 顔の半分を占める、目のようなもの……昆虫の複眼のようでもある。 鼻は無く、口は耳まで程の大きさ……舌がまるでピロピロと伸び縮みするおもちゃの笛のように、呼吸に合わせて上下を繰り返していた。 子犬がよくやるように、首を傾げながらこちらを見ている。 彼女は、聡明だった。 急いで逃げなければ! いや! 止まっているゴキブリが、こちらの動きに合わせて急に動き出す様を見た事があるだろうか。 人外の生物の反応は未知数。 今全力で逃げ出す事は危険だ。 瞳はそう感じた。 おそらく、彼女の判断は、間違っていない。 ゆっくりとゆっくりとかすかな動きで後ずさる瞳に、距離感を掴んでいないのか、「奴」は同じ位置にとどまっている。。 親の亡きがらに目を向けられないのは痛恨の極みだったが、命とはかりにかけた場合……いや、あの気味の悪い怪物に対しての特上の警戒心が死に目に会えぬ罪悪感を中和させた。 化け物から30メートル程離れたその時、瞳は背を向けダッシュし始めた。 大丈夫。 足は速い方だ。 車の後部座席にあった懐中電灯を掴み、そのまま直線を走り逃げる。 しかし。 瞳は夜の山中に入り込んだとき、自分の考えがとほうもなく短絡的だった事に気付いた。 「これ…どこに逃げればいいんだろう……」 道すら無い山の中に、彼女の居場所はどこにも無かったのだ。 後ろを振り返る勇気はなかったが、その雰囲気や足音から、追ってきている気もしなかった。 そう、追っては来なかった。 何故ならば、前方に「奴」が登場したからだ。 「きゃぁっ」 叫んでどうなる分けも無いのはついさっきまで理解していた。 だが、叫ばずにおれなかった。 親の死体を見て、化け物に追いかけられる。 この異常な事態を、ずっと声を上げずにしのいできた。 彼女のせいいっぱいの静寂は、ここで限界に到達した。 ゆっくりと、謎の生き物はこちらに二足歩行で近づいてくる。 もう、終わり。 両親の元に……逝くんだな。 そう想い手を合わせた時、怪物の動きが止まった。 途端、落ち着いた、少年のような声が闇夜の山中に響く。 「金色に輝く稲妻の力を借りし…漆黒の闇に生きる人外を葬る……」 「ガガガガッ?バロロっ?」 怪物も、想定外の出来事に言葉の類いを漏らしたようだ。 突然、「匂い」が瞳を包み見込んだ。 バニラの香りのような、それでいてミントのような。 かいだ事の無い匂い。 「彼」はいつのまにか隣に立っていた。 漆黒の服に身を包み、怪物を見据えるその目線。 初めて遭遇したのに、怪物も目の前にいるのに、瞳の心は何故か安らぎに満ちていた。 彼の「匂い」のせいだった。 「地球の守り人……エンドレスジャニアリー!!」 言うが早いが、「彼」は右手に持った剣を振りかざす! バリバリバリッ 雷のような空気を裂く音と圧倒的な火花が、怪物に命中……いや、突き刺さった。 「ゲエエッ」 雷撃そのものが、音より速く「奴」に降り注ぐ。 怪物は、予期せぬ宙を飛んだ電撃をまともに喰らい、どうやら一撃で絶命した。 あまりに急な展開で、瞳の人生最大のピンチは幕を閉じた。 「戦闘終了。回収班、来ていいよ。ああ、一人女の子が生きてる。救護班も出張ってきてくれ」 イヤフォンに向かって、彼は指示を出していた。 「あ、あなたは……」 「エンドレスジャニアリー。フフ……さっき聞こえなかったかな?」 「永遠の……一月?」 わからない事だらけだった。 あなたは誰? 永遠の一月ってどういう意味? 私の両親を助けて! あの化け物は何? 沢山の言葉が頭に浮かび、消えて行った。 ふらふらと、くるくると頭の中をシェイクされたように混乱したまま、瞳は目を閉じた。 「ゆっくりおやすみ」 「彼」の声が最後に聞こえたような……そんな気がした。 これもまた「匂い」の力なのか……。 長い長い一時間が、終わりを告げた。 こうこうと光を発する、満月だけが今夜の事件を目撃していた。 続く。
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