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私には大学生の兄がいて、その兄に薦められ大ハマりしたロボットゲームがあって、それが「Steam, Gears and Lords」。
直訳すれば「蒸気と歯車と卿」、略してSGaL。
SGaLは魔力エネルギーを秘めた不思議な石、魔石炭を駆使した蒸気機関が極端に進化して文化に根付いている、いわゆる蒸気至高社会の世界観で、現実の時代と地域に当てはめると大英帝国の産業革命が始まった頃になる、らしい。
らしいと曖昧なのは、何しろ世界史が昼寝時間になる空々なこの私の知識だからだけど。
そしてゲームの主人公トールが住む帝国では、「卿」と呼ばれる伯爵や子爵のような爵位持ちの貴族には蒸気の騎士であるスチームナイトが支給される。
スチームナイト。
それは人が乗って操縦する事のできるロボットで、蒸気機関で駆動するため蒸気の騎士、略して蒸騎と呼ばれる。
主人公トールは田舎の平民出身だけれども、作中での数々の功績が認められて帝国から騎士爵と「最新型」蒸騎を賜ることになる。
そして操縦の補助を担う対話型のAI、人工知能がこの最新型蒸騎には搭載されていて、そのAIが機体名でもあるモンステラ、何を隠そうこの私という訳だ。
ただこの世界は私のいた現代日本には当たり前に存在する電子演算器がなくて。
それが有れば嘖々作れるだろうAI技術は、いま画面の向こうにいる天才技師イーヴァルディ子爵が、帝国の有と有得る先端技術をぶっ込んで、蒸気と歯車と魔石炭から抽出した魔力で作り上げた機械式計算器を駆使してAIを実現した、までは良かったんだけども。
結果私の本体ともいうべき計算器は蒸騎が背負う大きさの箱に頑張って小型化して、限々の犇々にしてまだ巨大なサイズであり、その重量は実に機体全体の半分近くに相当する。
ぶっちゃけ、AIを背負わないほうが格段に身軽だろう。
ただそれでも、AIを搭載していない「旧型」の蒸騎は所持武器と蒸気駆動を別途制御する必要から、操縦の為に最低でも三人乗りになる。
よって単純計算で人間二人分の作業を引き受ける蒸騎のAIが如何に優秀かという事なのだけども……そんなAIになってしまった私が、今後スティームナイトに組み込まれて実際それっぽい事が出来るのか、現状これっぽっちも自信がない。
そもそもAIなのに、この妙に人間臭い非効率な思考が私自身でも謎だ。
そういう風に作られたから?
それとも私が転生者だから人っぽい振る舞いなのか……まあ、考えても仕方ない。
さて話を戻して、そんな訳でゲームの主人公トールの蒸騎モンステラに将来搭載される予定のAIに転生した現在の私は、まだ生まれたてで蒸騎には実装されていない、いわばサーバに置かれたデータの状態なのだけれども。
このゲーム世界に転生した私にとって、何をさて置いても最重要な事が一つ。
魅力的な男性キャラが多く登場するこのゲームSGaLにおいて、私の個人的な最推しはこのモンステラを操縦する主人公トールではないのだ、残念ながら。
後に主人公の敵として立ちはだかる帝国第三皇子ヴァーリ・エドワード・トゥアハ・デ・ダナーン。
父親である皇帝からは月明かりのように輝く銀の髪と赤い瞳を、南国東洋系の母親からは褐色の肌を受け継いでいて。
私にとって彼は、運命の人と言っても過言ではない。
ヴァーリは作中開始時はトールの親友とも言うべき存在だけれど、様々な不幸に見舞われた末に闇堕ちしてしまう。
そして白の主人公機モンステラと対をなすヴァーリの蒸騎は、真紅の蒸騎アネモネ。
私と同様、AIアネモネが搭載されている新型機だ。
出来れば私、こっちに転生したかったので運命とは実に非情である。
だけれども、それを嘆いてばかりもいられない。
幸いにして私モンステラがAIとして覚醒したばかりで、アネモネに至ってはまだ開発中でAIとして出来上がってもいない未完成データの状態だ。
これの何が幸いかと言うと、今後闇堕ちする予定のヴァーリを救う猶予がまだ残されているという事である。
ゲーム時間から転生直後の今を逆算してあと五年ほどあり、彼の闇堕ち展開を回避する事をこの世界に転生した私の最優先事項にすると、たった今決めた。
そのためにまず私が成可きは、ヴァーリの蒸騎であるアネモネを味方に引き入れる事で……
「……おや、何だ反応が返ってこなくなったぞ?
もしもーし、モンステラー!」
そして私は熟考するあまり、画面の向こうのイーヴァルディ技師の存在をすっかり忘れていたのだった。
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