独りぼっちになったあとで

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 弘志は翔太が死ぬ一年ほど前に家を飛び出していた。それまでは翔太と弘志、妻と私、どこにでもある家庭のように、いや、どこの家庭にも負けないくらいに幸せな家族だった。  弘志が家を飛び出したのは彼が18の時だった。その時の事を私ははっきりと覚えている。翔太よりおっとりしていて素直だった弘志に、突然高校の同級生を身ごもらせてしまったと聞いた時、私は自分の感情を抑えることができなかった。その時の弘志の顔は今でもはっきりと瞼の裏に残っている。弘志のことが話題に出るたびにその顔が私の脳裏に浮かんできた。  あの時の晩、私は弘志に何をしたかよく覚えていない。高ぶった感情で怒鳴りつけたか、手を出してしまったのか。その時の弘志の反抗的な目だけをしっかりと覚えている。そしてその夜に弘志は密やかに家を出ていった。そのまま両親のいない同級生の女の子と姿を消した。  妻はとても悲しがり、弘志を連れ戻すように私に頼んだ。だが私はどうしても弘志を許せなかった。私を裏切り、私に恥をかかせたという思いが強かった。その時の私は従業員を数多く抱えた会社の社長という立場にいて、高慢になっていたのかもしれない。私はおざなりに弘志の行方を捜させたが、本気で捜し出そうとは考えていなかった。  私は弘志のことを忘れようとした。翔太と妻と私とで昔ながらの家庭を取り戻そうとした。それが上手くいきそうになっていた時に訪れたのが翔太の死だった。いつも異国の地で小さなストレスを抱えていた妻は、そのストレスを押さえていた子供たちがいなくなり、自分をコントロールできなくなってしまった。  翔太が死んだ時、妻は弘志を家に呼び戻してくれと願ったが、私はできなかった。弘志の居場所は知っていた。家を飛び出した翌日に探偵社に依頼し捜させた。数日のうちに弘志の居場所は突き止められたが私は弘志を連れ戻すわけでなく、話をしに行くわけでもなく、金を送るわけでもなく、何もしなかった。妻たちにはそのことを告げず、どこかで無事に暮らしているらしいとだけ言った。高校生の分際で子供を身ごもらせ、結婚したいなどということは私にとって言語道断といえる出来事だった。  その後も弘志たちのことは探偵社に定期的に調べさせた。弘志は小さなアパートを借りて暮らし、仕事は料理屋に勤めだしたと報告を受けた。  私から迎えに行くことはできないが、帰ってくるのなら受け入れてやらないでもなかった。特に翔太が死んだ直後は、私も弘志が帰ってきてくれないかと本気で考えたこともあった。だが弘志も翔太と同じようにのんびりとした性格の中にも一途な所があり、あのような形で家を飛び出したからには、余程のことがない限り帰ってこないということはわかっていた。
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