春の終わり

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春の終わり

「下校時刻、三十分前です。部活動のない生徒は、下校しましょう」  山宮基一(もとい)はチャイムが鳴るといつも通り放送を行った。学年末考査が終わって自宅学習期間に突入し、一年生も残り少しという時期になっていた。  花粉症がひどくなり、授業がなくなったのをいいことに最近では薬を飲むことにしている。だが、そのせいか部室で勉強をしているとうつらうつらしてしまうこともあり、今日もそんな日だった。英語のプリントを前にしたら急激に眠くなり、スマホの振動で目を覚ました。折原からの連絡で、家の用事で自主練を早めに切り上げて帰るから、放送室には寄らないという内容だった。  毎日のように見るのが当たり前になった折原のアイコンを見ると顔がほころんでしまう。山宮にはそれが何書体というのか分からないが、「(さく)」の字が筆で書かれている。自分で書いたものだろう。そういえば「朔」の字に「一日(ついたち)」という意味があると知ったのも、折原の自己紹介を通してだった。  山宮は立ち上がり、そっと校庭側のカーテンを開けて校舎端の書道室を見上げた。すると電気がパッと消えたところだった。もうすぐ部員たちは階段を下りてきて、昇降口に向かって目の前の校庭を横切るだろう。  山宮はそっと放送室を出て、影に沈む外廊下に立った。案の定数人の足音が遠くから聞こえてきて、そこに今井の笑い声が混じっているのに気づいた。 「うう、今日は寒いね。もう三月なのに」 「ホント。四月に入ればちゃんと暖かくなるのかなあ」  どの声も聞き覚えがある。同じ学年の書道部員だ。山宮はそこに夕方の穏やかなオレンジが似合う今井の笑顔を見つけた。そういえば、いつの間にかオレンジのマフラーをしなくなっている。それだけ時間が流れたということだ。 「委員長」  山宮が校庭に出て声をかけると、紺色のセーラー服の今井がこちらに気づいた。山宮の表情で察したのか、先に帰っててと友人らに声をかけ、こちらへとやって来る。だが、二、三メートルの距離で足を止めた。下校放送の流れた夕方から夜へと変わるその隙間に生まれる放課後、二人の間に沈黙と息遣いが流れる。
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