【五】4 カップルアカウントじゃね

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【五】4 カップルアカウントじゃね

山宮の笑い声を聞きながら、ビニール袋から買ってきたものを取り出した。 「とりあえず、制汗スプレーを開けようよ」 「それは最優先事項」  二人でビニールを剥がし、ぱかっと蓋を外す。照れくさかったが、「はい」と渡すと山宮も「これ」と渡してきた。半透明の白い蓋がそれぞれのスプレーに収まる。元通りになったようで、そうではない。思わず口元がほころんだ。 「これはテンションがあがっちゃう」 「恥っず」  山宮は照れ隠しのようにそう言ったが、朔也の手からスプレーを取った。一緒に買ったものを床に並べ、スマホで撮る。すぐに朔也のスマホへ画像が転送されてきた。 「お前はこういうの見て喜ぶタイプじゃね」 「いろいろバレてきてるな」 「半年くらい一緒にいりゃ分かる」  朔也はその言葉を考え、画像を見てふとひらめいた。ちらっと山宮を見ると、なんだか嬉しそうにスプレーの成分表を眺めている。教室ではあまり表情を変えない山宮が、一緒にいるときに見せてくれる貴重な表情だ。朔也はスマホを構え、カシャッとその姿を切り取った。目を剥いた山宮に「笑顔をゲット」と画面を見せる。 「あのさ」  朔也は画面を見せたままアプリを起動させた。 「共有アカウント、作らない? おれは山宮の持ってる画像を持ってないし、逆もそうだし。そこに画像をあげていけばアルバム代わりになるかなって。鍵をかけておけば、他人には見られないでしょ? スプレーの蓋と一緒で、誰にもバレないんじゃない」  すると山宮が頭が痛いとばかりに額に手を当てた。そして「お前ってとんでもねえ刺客」と呟く。 「刺客?」 「俺の心臓を予想外の方向からぶっ刺してくるんだわ……それ、いわゆるカップルアカウントじゃね」 「えっなにそれ? おれ、こまめにSNSを見るほうじゃないから、全然知らない」 「付き合ってるやつらで一つのアカウントを作るんだよ。どこに行ったとか、なにを買っただとか、写真をあげて惚気るアカウント。中学でやってるやつがいたわ」  山宮はそう言って俯いたあとに深いため息をついた。 「……俺、それ見て、こいつらバカップルじゃねって思ってたんだわ……」  ぴょんと覗いた赤い耳ににんまりしてしまう。 「まさか自分がすることになろうとは、ってこと? やってくれる?」  するともう一つ深いため息が落ちて、「やる」と頭がぺこっと頷いた。  ベッドにもたれて隣に座り、人にバレない鍵アカウント作成の注意事項を調べる。「いろんな連携を外せよ」という山宮のアドバイスを受けつつ、朔也のスマホでアカウントを作成した。アカウント名を「日々是好日」にしようとしたら、覗き込んでいる山宮に「速攻でお前ってバレるからやめろ」と止められた。どうやらセンスがないらしい。 「ひらがな一文字とか、誰だか連想できないのにすべきじゃね。それか本当に当たり障りのないものか」 「じゃあ『エイプリル』。お互い四月生まれでしょ。閉鎖期間って忘れられがちだし、おれの誕生日は誰も覚えてないと思う」 「俺も仲良くなった頃には誕生日が終わってるから、基本忘れられる。てか、誕生日は委員長にも言ってねえわ」  オーケーが出たのでそれに設定し、ユーザーネームも意味のない羅列にする。アイコンは初期設定のままにしようとしたが、敢えてフリー素材を探して四月を連想する桜のイラストにした。 「えっと、最初になんの画像をあげる?」  山宮との共有が終わると、そう尋ねた。左に体育座りした山宮が画像フォルダを遡るように自分のスマホ画面をスクロールする。 「一番古いのでオリエンテーションのときじゃね。滝のところで撮ったのとか」 「じゃあそこからね」  山宮に隠し撮りされた私服姿のものや二人きりの部屋で撮ったものなど、順番になるようにあげていく。だが、写真に添える短い文を考えるだけでもいちいち時間がかかって、なかなか作業が進まない。 「日付だけでよくね。オリエンテーションっていうくくりで並べろ。細かく考えんな」 「やだ。時間通りに並べたい。『オリエンテーション一日目の夜、二人で』とか書きたい」 「お前、整理整頓のときに、とっておくものと捨てるものの分別が大変で途中で挫折するタイプだろ」 「なんで分かるの」 「いかにもだわ」  恥ずかしい自分の寝顔も全てあげ、山宮の部屋にお邪魔したときのものもあげる。やはりパジャマ姿を写真に収めておくべきだったなと思いつつ、今日の買い物の画像と笑顔でスプレーを持つ山宮の画像まであげた。  お互い無言で古いものからスクロールして眺める。オリエンテーションの畳の部屋で上手く笑えていないツーショットを見ると、たった三ヶ月ほど前なのに随分昔のような気がした。すると隣でふっと山宮の笑う声がした。 「この間のアイス、うまかったわ」  山宮のスマホを覗き込むと、制服の黒ズボンの上でコーンのアイスを持っている二人の腕が映っていた。ダブルで四種類、チョコバナナにピスタチオ、ほうじ茶にメロン。スプーンですくった相手のアイスの味は格別に甘かった。そのときの味が口に蘇る。 「次は違う味を食べようよ。今週もう一日会わない? また宿題やって、アイスとカラオケに行く」 「邪魔にならねえなら、カラオケで音楽を流しながら勉強してもいいんじゃね。でも、俺が歌ってるところを撮るの、やめ」 「何気ない瞬間を残したいじゃん? 今度下校放送してる山宮を撮りたい」  山宮は「恥ずかしいやつ」と言ったが、目尻を下げてスマホを見つめ続ける。思わず笑ってスマホを前に掲げて体を寄せた。 「じゃあ、このアカウントを作った記念ってことで」  伸ばした腕の先のスマホ画面に照れ笑いした山宮の顔が映ったとき、朔也は思い切って山宮の反対側の肩に手を回してこちらへと抱き寄せた。カシャッ。スマホの乾いた音がして、ぽんぽんとその肩を叩く。 「はい、終わり!」  気恥ずかしさを振り払うようにそう言ったが、斜めに傾いた山宮の体が自分の体にくっついたまま動かない。服を超えて伝わってくる温度に次第に顔が熱くなってきて、体に汗がじんわりと滲んでくる。 「……お前……」  かちんと固まったままの山宮のくちびるだけが動く。 「な、なに」 「……すげえ刺客……」  思わずそのまま両腕で抱きしめる。山宮の頭に頬をつけると、太陽の熱を吸収した黒髪が温かかった。
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