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プロローグ
その頃の彼女は、ほっぺたがぷくぷくとしていて、そこをツンツンと指でつつくと口から「あぶぶぶ」と涎を出してくる赤ん坊だった。兄弟のいない少年にとっては珍しい生き物であり、興味の対象となるまでにはそう時間を要さなかった。
勉強の合間に彼女に会いに行き、彼女と触れ合う。彼女も成長するにつれ、年の離れた少年が遊び相手であると認識したのか、彼のその姿を見つけると笑顔を向けてくるようになった。
その二人を嬉しそうに見つめているのは、少年の母親と彼女の母親である。二人が姉妹であることは、少年も後で知った。
そんな彼女の母親が命を散らしたのは、彼女が二歳の誕生日を迎える直前のことである。元々、身体の丈夫な人ではなかったらしい。少年の母親が涙をこらえながら、そう口にしていた。
母親を失った彼女であるが、それからも彼女はここで生活をしていた。時折、思い出したかのように母親を呼びながら泣き叫ぶことがあったが、それ以外はおとなしくて手のかからない子であった。
共にいる時間が増えるにつれ、少年は彼女と血の繋がりがあるはずなのに、全く似ていない髪の色が気になり始めるようになる。
ある日、どうしても気になってその件を母親に尋ねてしまった。すると母親は苦しそうに口元を歪ませながら「きっと、あの子は父親に似たのでしょうね」とだけ呟いた。
少年はこれ以降、彼女の髪の色について話題にすることをしなかった。髪の色が何色であろうと、彼女は彼女であり少年の大事な人間であることに違いはないからだ。
彼女と過ごした時間は、彼の人生の中においてほんのわずかな時間であったかもしれない。それでも少年にとっては、心安らぐ時間であった。そしてこの些細な時間がいつまでも続くものだと思っていた。
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