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「殿下。ティーナが動いたとなれば、父にも報告をしてきてもよろしいでしょうか」
「ああ。だが、我々もそこに向かおう」
「殿下」
と声を上げたのはミランだ。彼もエルッキのように線の細い男である。金色の長い髪を一つにまとめており、遠目から見たら女性に見えなくもない。
「ミラン。黙ってついてきてくれるな? ルドルフ、そこにいるのだろう?」
「はい……」
どこからともなく音も無く現れた男。ルドルフと呼ばれたその男だが、よく見るとシーグルードによく似ているようにも見える。違うのは髪の色くらいだろうか。シーグルードが、軽やかな金色に対してこのルドルフはチャコールグレイである。髪の色が違うだけで、印象もだいぶ異なる。
「さて、じゃじゃ馬姫のお手並み拝見と行こうか」
先ほどまで紳士面をぶら下げていた男は、もうそこにはいなかった。
****
バルコニーから飛び降りたアルベティーナは、真新しい真っ白なドレスを翻しながら走っていた。裾を持ち上げて、汚れないようにと気遣いはしているのだが、走りにくいヒールで走っているため、恐らく泥は跳ねていることだろう。
あのアンヌッカの怒りの形相が脳内に浮かんだが、それよりも女性の悲鳴が気になっていた。何か、変な事件に巻き込まれていなければいいのだが――。
(こっちかしら?)
気配を探るために、一度立ち止まり呼吸を整える。どうやらここは色とりどりの花が咲き誇る庭園のようだ。しかも、裏門に通じる方の庭園。つまり、裏庭である。
大きく首を振って周囲を見回す。王城から遠のいているため、そこから漏れだす光は届かない。あるのは頼りない星の光。それでも暗闇の中走ってきたからか、薄暗い闇の中でもどこに何があるのかの認識はできるようになっていた。
「んぅ……、やめて、離して」
「暴れるな、大人しくしろ」
「おい、口を押さえろ」
(えっ、もしかして、これって誘拐現場というものでは……)
どうやら数人がかりで一人の女性を馬車に押し込めようとしているところのようだ。どこからどう見ても、あの女性は自ら望んで馬車に乗ろうとしていない。アルベティーナにだってそれくらいのことはわかる。
ふぅ、とアルベティーナは呼吸を整えた。
「すみません……」
淑女らしく、落ち着いた声色を意識して声をかける。
予想していなかった出来事に、その男たちも身構えたようだ。だが、押さえ込まれている女性は、一人の大きな男に背後をとられ、口の中には何やらハンカチのようなものを突っ込まれていた。
「これはこれは、お嬢様。何か、御用でしょうか? その白いドレスは、本日デビューされたお嬢様ですね。おめでとうございます」
薄闇でも白いドレスは目立つのだろう。声をかけてきたのは、男のうちの一人、一番線の細い男でありながら一番紳士に見える男だった。それは彼だけがあの社交の場に相応しい格好をしているからだ。
「ありがとうございます。ところで私、友人を探しておりましたの」
「そうですか。ご友人は見つかりましたか?」
「はい。そちらに」
そこで、アルベティーナは足を振り上げた。綺麗に弧を描き、見事、紳士に見える男の側頭部に命中した。踏ん張ることもできずに、紳士のような男は吹っ飛んで気を失っている。
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