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この日のためにあつらえた白いドレスだが、裾にはレースが贅沢に使われている。一見、シンプルに見えるようなデザインであるが、細やかな刺繍も、職人の技が光る一級品。普段のアルベティーナであれば、恐ろしくて着ることができないようなドレスだ。汚したらどうしよう、破いたらどうしよう。そういった意味での恐ろしい、である。
「いいわね。ティーナ。入城後、お父さまと一緒に陛下にご挨拶よ。それが終わったら、お父さまと踊るの。わかった?」
これはこの王都に来てから、毎日、呪文のようにアンヌッカから聞かされている内容であり、さすがにそれだけ言われてしまえば、気乗りのしないアルベティーナであっても、覚えてしまう。
アルベティーナは高鳴る鼓動を落ち着けるかのように、息を吐いた。これから両親と馬車に乗って王城へと向かうのだ。
ヘドマン領からこの王都へ来るときも、もちろん馬車に乗ってやってきた。アルベティーナにとって、馬車での長旅というのも初めてのことで、王城に行くことも初めてのこと。そのための社交界デビューの場でもあるのだが、初めて尽くしが続く彼女としては、やはり緊張してしまう。
コンラードは社交界シーズンであってもあの辺境の地から離れるようなことは無かった。離れても、ほんの数日程度。というのも、あそこは国境を守る要。主が長期間そこを不在にすることにためらいがあったようだ。また、二人の息子が王都にいることから、代理のきくものについては息子たちに頼んでいた。つまりコンラード本人も、王城を訪れるのは久しぶりのことであった。
「ティーナをエスコートできる日がくるとは、感無量……」
本来であれば、エスコート役は見栄えが良くて若い二人の兄のどちらかに頼む方がいいのだろう。だが、王国騎士団に所属している兄たちは、自由になる時間がなかなかとることができない。まして妹の社交界デビューのエスコートでとなれば、二人の兄たちが喧嘩するのが目に見えていた。だから『公平な』という理由でエスコート役は父親であるコンラードになったのである。
コンラードはそろそろ年は五十に届くのに、背は高く、がっしりとした鍛えられた体格と整った顔立ち。日に焼けた肌にダークブラウンのくせのある髪。そして、鋭い眼光。髪にちらほらと白いものが混ざりつつあるが、それでもその辺の二十代、三十代の男性に引けを取らないような見栄えである。
だからだろう。デビューを控えているアルベティーナよりも彼の方が目立っているのは。先ほどから、デビュタントたちが緊張した面持ちでこの控室にいるのだが、それでもちらちらと視線が飛んでくる。その視線の先にいるのは、もちろんコンラード。視線を向ける者はデビュタントたちだけではない。そのエスコートとして付き添っている男性たちからも。
(お父さまって、女性からだけでなく、男性からも人気があるのね)
アルベティーナは視線を集めているコンラードを見上げたが、彼はその視線にも動じず、ただ娘を慈しむかのように見つめていた。
(でも、ちょっと暑苦しいわ……。ずっと私を見ているし。はっ、もしかして、監視……)
されるようなことに数多くの心当たりがあるアルベティーナは、ただ単に娘を愛でている父親の眼差しさえ、不穏に感じてしまうようだ。そんな娘の心には気付かないコンラードは、始終ニコニコとした笑みを浮かべながら娘を愛でていた。
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