第一章

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 それでもコンラードと共に、国王と王妃の前から下がれば、全てから解放されてこの息苦しいドレスからも解放されたいと、そんな気分にさえなっていた。 「よかったよ、アルベティーナ」  コンラードが微笑んでくれたおかげで、より一層アルベティーナは解放感に包まれた。  すべてのデビュタントの謁見とお披露目が終わり、大広間には華やかな音楽が流れ出す。その中央では、音楽に合わせて踊っている人たち。白いドレスを着ることが許されているのはデビュタントたちだけであるため、一目見て彼女たちがそうであることがわかる。 「エルッキお兄さま、セヴェリお兄さま」  父親とダンスを終えたところに姿を現したのは、アルベティーナの二人の兄だった。 「社交界デビュー、おめでとうティーナ」 「そのドレス。とても似合っているよ」  上の兄のエルッキはどちらかと言えば母親似である。身体は細く華奢のように見えるが、もちろんその服の下には鍛えられた筋肉が隠されている。彼は近衛騎士隊に所属しており、王族の護衛についていた。少し色白の肌と母親に似た赤茶の髪。彼が頭を動かすと、短く清潔に切り揃えられた髪も、さらりと動く。瞳も母親に似たグレイで、柔らかな眼差しで女性を虜にしていることなど、本人は気づいていない。  それにひきかえ下の兄のセヴェリは、父親によく似ていて身体が大きい。肌がよく焼けているのも、外での仕事が多いからだろう。赤茶の髪が少しくせ毛であるのは、父親からの遺伝によるもの。そのセヴェリは警備隊の所属である。  それでも、どことなく似ている二人の顔立ち。やはり兄弟だなと妹のアルベティーナが見てもそう思う。 「お兄さまたち、お仕事の方は?」 「殿下が気を聞かせてくれたんだ。休憩時間であれば、好きにしてもいい、ってな」  エルッキが笑って言った。エルッキの護衛対象はこの国の王太子殿下。つまり、次の国王である。  二人の兄は紺の騎士服姿のままだ。それでも騎士の彼らにとってはこれが正装であるため、この場に参加するにあたってなんら問題はない。ただ、装飾の少ない実務用の騎士服であるため、華やかさは欠ける。本来であれば式典用の白い騎士服もあるらしいのだが、残念ながらアルベティーナは兄たちのそのような格好を見たことがなかった。 「アルベティーナ嬢、どうか私と一曲踊っていただけませんか?」  エルッキが笑顔で手を差しだしてきたので、アルベティーナも「喜んで」とその手を取った。 「ティーナ。兄上の次は、俺だからね」  どうやら順番待ちができてしまったようだ。「人気者は辛いわね」と、エルッキに向かって呟けば、そんな妹が可愛らしいのか、彼はまた大人の笑みを向けてくる。  セヴェリはコンラードと幾言か言葉を交わしているようだった。  華やかな音楽に合わせて、他のデビュタントたちも踊っていた。ちらちらと視線を感じるのはアルベティーナがデビュタントだからではないだろう。むしろ彼女のパートナーがエルッキだからだ。  エルッキ・ヘドマン。年は二十六になったところであるにも関わらず独身。彼がなぜ独身なのかというのは、恐らくこの会場に姿を現している令嬢、婦人たちの話の話題に既にあがっていることだろう。そして、アルベティーナと踊り終えたところを見計らって、我こそはと声をかける令嬢たちがいるはずだ。 「ティーナ。ダンスも上手になったね」 「それは、エルッキお兄さまのリードが上手だからです」  お世辞ではない。コンラードのリードも悪くなかったが、エルッキの方が踊りやすい。これをコンラードに伝えたら、間違いなくがっかりすることだろう。
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