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音楽が途切れたことを合図に、一度エルッキはアルベティーナの手を取ってダンスの輪から外れた。すかさず、アルベティーナの手をセヴェリがとる。
「セヴェリ。ティーナを任せたよ。父さん、ちょっと向こうで話をしませんか?」
エルッキが場所を変えようとしているのは、遠目から彼を狙っている彼女たちから逃れるためだ。そして隣にコンラードがいれば、女性除けになることもこの兄は知っている。
「ティーナ。俺とも一曲、お願いします」
セヴェリが笑う。
兄と妹のふざけたやり取りにも関わらず、こうやって兄たちが自分のデビュタントを喜んでくれていることが、アルベティーナにとっては嬉しいものでもあった。
セヴェリのリードは、やはり父親に似ていた。踊りにくいわけではないのだが、エルッキの方が踊りやすい。それでもセヴェリと踊っていても、周囲の視線というのはまとわりついてくるもので、その視線はアルベティーナを値踏みしているようにも感じた。そもそもデビュタントとはそういう役割も担っているのだ。つまり、社交界デビューを迎えた女性たちに、どれだけの価値があるのかを見定める場。
だが、今回の視線の原因は、一緒に踊っているセヴェリにある。セヴェリ・ヘドマン、年は二十四。さらに独身。婚約をしている女性もいない。
アルベティーナにとって、この二人の兄の最大の謎がこれなのである。どうして、父親も母親も何も言わないのだろうか。
それでもきっと、アルベティーナにはたくさんの縁談を持ち込んでくるに違いない。何しろ社交界デビューを終えたのだから。それを考えただけでもうんざりとしてしまう。
「ティーナ、疲れたかい? 向こうで休もうか」
アルベティーナはこれから起こるだろう縁談話を勝手に想像して、うんざりとしていただけなのに、心優しい兄がダンスの輪から連れ出してくれた。給仕に声をかけて、飲み物を貰う。
「ティーナ。俺たちはまた仕事に戻らなければならない。いいかい、絶対に父さんや母さんの側を離れてはいけないよ」
グラスの中身を飲み干したセヴェリは、空になったそれを給仕に返した。アルベティーナは飲みかけだったにも関わらず、セヴェリによってグラスを奪われる。
「向こうに母さんたちがいるからね」
どうやらセヴェリは、可愛い妹をアンヌッカに預けたかったようだ。こちらに気付いたアンヌッカは小さく手を振っている。アルベティーナはセヴェリと共にアンヌッカの元へと向かった。
「アルベティーナ、立派だったわよ」
それは、先ほどの謁見の挨拶を言っているのだろうか。それとも、今のダンスのことを言っているのだろうか。
「お母さまとたくさん練習をしましたからね」
「母さん、ティーナを頼みますよ。ティーナをダンスに誘いたがっている男が、その辺にたくさんいますからね」
「ええ。任せておきなさい。どこぞの馬の骨かわからないような男性に、私の可愛いティーナを渡しはしませんよ」
「母さんの言葉を聞いて俺も安心しました。では、戻ります」
セヴェリも他の令嬢から声をかけられるより先に、そそくさとこの大広間を出て行った。
「お兄さまたちも、忙しいのにわざわざ来て下さったのね」
「そうね、あなたの晴れ舞台ですもの」
アルベティーナがアンヌッカと話をしている間も、幾人かの男性が声をかけたそうに遠くから眺めている視線を感じた。だが、彼らが彼女に声をかけられないのは、その近くでコンラードがいて視線で威嚇していたからだ、との事実にアルベティーナ自身はそれとなく気付いていた。
「アルベティーナ嬢」
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