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さらに目が慣れてくれば空に輝く星たちが見え、その柔らかくて小さな光ですら、この場を照らし出そうとしていることに気づく。
「疲れましたか?」
先ほどから彼の口から紡ぎ出される言葉は、アルベティーナを気遣うものばかり。それがくすぐったくて、そしてどこか嬉しくて、彼女はつい口元を緩めてしまった。
「ああ、やっと笑ってくれましたね」
このような暗闇であっても、様々なところから届く光によって、アルベティーナの表情はしっかりと彼に見えていたらしい。それでも彼女にとって、彼のような男がなぜここまで自分を構おうとしているのかが不思議で仕方なかった。
「アルベティーナ嬢。あなたには、二人兄がいますよね?」
「はい」
(そのうちの一人はすぐそこにいるし、むしろ殿下の護衛についていると思うのだけれど……。何故、そのようなことを尋ねるのかしら)
そのような思いもあって、アルベティーナは返事をするとともに小首を傾げてしまった。それを見たシーグルードはくくっと笑う。だからまた、アルベティーナは不思議そうに彼を見上げた。
「ああ、申し訳ない。あまりにもあなたが可愛らしくて。あなたのような妹を持つエルッキが羨ましい」
「ですが。エルッキお兄さまとは今日、久しぶりにお会いしました」
「そうか……。あなたはヘドマン領にいるのでしたね。こちらで過ごす予定は無いのですか? 社交界デビューもしたことですし、これから社交界シーズンも始まります」
「父と一緒に戻ります。あそこは、国境の要ですから。父が長く不在にしていれば、隣国へ付け入る隙を与えてしまいます」
「あなただけでも」
「父と共にあそこの民たちを守る義務があると思っております」
「義務、ね……」
そこで、心地よい夜風が吹き抜けていき、アルベティーナの結い上げた後れ毛を弄ぶ。
「あ」
突然、彼女が声をあげると、シーグルードも「どうかしましたか?」と尋ねる。
「女の人の声が、聞こえませんでしたか?」
その声は、先ほど吹いた風にのって、アルベティーナの耳元にしっかりと届いていた。
しっ、とアルベティーナが口元の前で人差し指を立てれば、微かに「キャー」という女性特有の甲高い声が聞こえてくる。
シーグルードも皺ができるくらいに眉間を寄せる。
「このような華やかなパーティに、そぐわないような輩がいるようですね」
ため息と共に彼は呟いた。
「殿下。私が先に行って、その女性を助けてまいります。どうかこの件を、お父さまたちにお伝えできないでしょうか?」
シーグルードが答えぬうちに、アルベティーナは手にしていたグラスを彼に押し付けた。そして、白いドレスの裾を持ち上げると、それを夜風になびかせながら駆け出して、次の瞬間、バルコニーから飛び降りた。
****
アルベティーナが姿を消した途端、すぐさまエルッキが駆け寄ってきた。
「殿下。妹は?」
「あはははははは……」
先ほどまで紳士の仮面を被っていたシーグルードであるが、彼女の姿が見えなくなってすぐに、それを脱ぎ捨てた。
「とんだじゃじゃ馬姫だな。エルッキ、警備隊を動かせ。女性が襲われている。アルベティーナが向かった。そこから飛び降りて、な」
それを聞いたエルッキは頭を抱えてうなだれた。だが、すぐに側に控えていたもう一人の護衛騎士――ミラン・グランに今の件を告げると、急いで通信機を取り出す。
この王城の敷地内に不審な者がいるとするなら、それらを取り締まるのはセヴェリが所属する警備隊の出番だ。エルッキは警備隊の隊長へと連絡を入れる。
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