輪廻の中で君を捜す

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輪廻と運命は廻る。 その中で、また君に会いたかった。 輪廻の中で君を捜す 綺麗な海が広がっている。 その果てしなさは、生きることに似ていた。 鴉の眼は潮の満ち引きを見てから、家へ向かう道を歩く。 矢野クロスケは、港場の家に産まれた。 黒髪に黒曜石の様な黒い眼、悪い視力を大きな眼鏡で補強している。 いかにもという見た目に違わず本が好きで、人と話をしない少年だった。 そんな彼を不思議に思っても、それを気にする人間はあまり居ない。 親ですら、クロスケの事を構わなかった。 今日も両親が互いに怒声を上げている。 黒の少年は、二階の自室でそれを無視し本を読んでいた。 がたん、と音がして漆黒の眼は窓に向く。 窓に少年が張り付いていた。 たんたんとガラスを叩き、あけて、と口を動かす。 クロスケは仕方なく窓を開けた。 「クロスケ!!船見に行こ!!」 開口一番にそう言われる。いつもの事なのでクロスケは気にしなかった。 窓からクロスケを連れ出した彼は、水戸レイジと言った。 クロスケに話し掛ける唯一の存在で、友達だと思っている。 明るく聡明で運動も出来るクラスの人気者なのだが、何故かはぶれもののクロスケを構った。 足の速いレイジに引っ張られ走る。 港に留まる漁船は穏やかな海の上に浮いていた。 クロスケからしたら興味の無い景色なのだが、レイジは漁船を見るのが好きだ。 「で、そのたからものは見つかったんか?」 ふいに訊かれクロスケは首を横に振った。 「ずーっと探してるってたもんな、たからもの」 生まれる前から探しているもの。 それが何かは自分でもわからなかった。 ただ、とても大切なもの。 その話はレイジにだけしていた。 「なんかヒントがあればなー。大きさとか、色とか」 「なんでレイジが気にするの」 「親友の探しものは親友も気にするもんだ」 クロスケは闇の眼を瞬きさせる。レイジは、僕を親友と思っているのか。 「クロスケは親友に決まってるだろ」 レイジは心を見透かし鳶色の眼を向けてくる。当たり前の様に言うので、クロスケは言葉を返せなかった。 漁船が鳴いている。 その声は低く鯨の様だった。 今日も変わらない一日が過ぎていく。 毎日、毎日過ぎていく。 閉した口の中で、つっかえた何かがぐるぐると回っていた。 それの形はわからない。何て形容すればわからないから、口にすることは出来なかった。 ただ、カラスは知っている。 夕焼けに飛んでいく黒い鳥を見て、ああなりたいと思った。 いや、“ああだった”? クロスケは走り出した。 ガチャガチャと鳴る黒いランドセルが重い。 カラスが四方から一点に飛んで行った。 その先へ向かって走る。 コンクリートの道を外れ、坂を登り、森の中へ入った。 段々黒くなっていく空の先を目指し走っていると、カラス達が一点へ降り立っていく。 そこには、小さな古い家が在った。 クロスケは足を止め、息を整える。 一歩踏み出せないでいると、その木扉が開いた。 招かれているのだ、と直感で思い、中へ入った。 「おや、久しいね」 がさついた声が闇の中で聞こえる。 クロスケは、一応礼儀として、こんばんは、と震える声で言った。 急に視界が明るくなり、目を細める。 炎の様な髪と、眼鏡の中に氷を秘めた男が其処に居た。 肩に乗ったカラスが、かぁ、と鳴く。 「ああ、わたしの事は覚えてないか」 男の発言に、少し首を傾けた。 「わたしはヨクシャ。君の元主だ」 もと、あるじ?とオウム返しをする。 「そう。君の前世はわたしの使い魔だったのさ」 そう言われても覚えている筈が、わかる筈が無かった。 炎の男は肩のカラスを撫でる。 「まあ、ゆっくり思い出してくれ。人間の時間は思いの外永い」 クロスケは、はあ、としか返事ができなかった。 「今日は遅くなるからもうお帰り。また来たくなったらカラス達に道を訊きな」 ちらりと見た窓の外は闇を匂わせている。 暗い中の森は危険だ。クロスケは動揺しつつも、その提案に従った。 太陽が地球を一周して、次の日になった。 学校が終わった黒の少年は、カラスを追いまた森の中に入る。 古びた家はすぐに見つかった。 「また来たんだね」 家の主は家内を明るくして待っていてくれた。 「……僕の事、知ってるんですか」 それは自分自身が知らない記憶についての事だ。 ガラスの奥の氷は細くなる。 「それはこれが知っているよ」 男はごつい右手を開いた。 その中に、小さな牙が乗っている。 「これは君から預かった物だ」 す、と差し出された。 「君に返そう」 クロスケは恐る恐るそれを手にする。 すると、脳に情報が流れ込んできた。 ナアくん そう仔猫を呼んだカラス。 それは、自分だった。 「……僕は……ナアくんを探していたんだ」 悲しいわけでもないのに、黒曜石から雫が伝った。 カラスのクロスケが仔猫と過ごした日々。 その仔猫に、ガクシャという名を貰った。 それは、何よりも大切な記憶だったのだ。 「思い出したかい」 問われて頷く。勿論、その魔法使いの事も思い出した。 「……僕は、ナアくんにもう一度会いたい」 「うん。君は寿命で死ぬ時、そう言っていたよ」 老衰で命を落とす時も、ヨクシャは主として側にいてくれた。 それも、思い出した。 一気に脳に流れ込んだ記憶を噛み締めるために、無言で手のひらの牙を見つめる。 「彼も転生した筈だよ」 ヨクシャの言葉に、一縷の希望が胸に芽生えた。 「案外近くに居るとわたしは思うけどね」 「……本当ですか」 「君達の想いが強ければ、運命からついて来る」 そんなものなのだろうか。 でも、会える希望が出来た。 それだけで、涙が止まらないくらい嬉しかった。 この話をレイジにしたら、彼は大層喜んだ。 「遂に見つけたんだ!!良かったな!!」 魔法使いやら前世やら、現実的ではない話だろうと言っても彼は気にしなかった。 「だってずっと探してたじゃん」 それはそうだけど、と言い淀む。 「人生の目的、見つけたな」 太陽のように、ニッ、と笑われると、それだけで前向きな気持ちになるから不思議だ。 僕は握っていた牙を見つめる。 それだけで、あの子に会える気がした。
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