悲しみは月夜に過ぎ去って

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 くっきりと丸い月が浮かんでいるというのに、雷鳴が轟き、誰かが流した涙のように柔らかな雨が降り注ぎ始めた。  俺はふらふらと歩き、ただここでないどこかへ向かいたい気がして、それも何だか馬鹿らしくも思えて、可笑しくもないのに口端を持ち上げる。 「流星。俺はどうすればいい」  ぽろりと溢れた台詞は、情けないほど震え、呆気なく鳴り響いた雷鳴に掻き消される。だが、俺の胸の内には、いつまでもその台詞が渦巻いていた。  今年の4月、花見をしようと約束していた幼馴染兼恋人の流星が、上司に海外転勤を言い渡され、聞いたこともない国に行くことになった。  俺は当然、仕事を辞めて流星について行こうとしたのだが、流星は俺が自分の仕事に誇りを持っていることを知っているため、最後まで首を縦に振ることはなかった。  俺はそのまま国外へ出てしまった流星と自然消滅するんだろうなと諦め、毎日酒に溺れていた中で、約半年ぶりに流星からの着信があった。  喜んだのも束の間、その着信は流星からのものではなかった。 「カラヤと申します。私は流星の仕事仲間で、彼からあなたのことを聞かされてました。実は流星が取材で山林を訪れた際に、何かに襲われたのか行方が分からなくなりまして」  それから、そのカラヤと何かの言葉を交わしたのだろうが、まるで覚えていない。  流星、流星、流星……!  俺は海外転勤に無理やりにでもついて行かなかった自分を呪った。いや、そもそも何とかして行かせなければ良かったのだ。  たが、それも後の祭りだ。  俺はその国に飛び、流星を探しに行くことも考えたのだが、何日かかるかも分からない捜索に出ることで仕事を辞めることになれば、流星の気持ちを踏みにじることになるようで行くこともできなかった。 「流星、流星!お前は今どこに……」  丸い月を見上げ、泣きそうになりながら呟いた、その時だった。  ウォーン……  どこからか野犬か何かの遠吠えが聞こえたかと思えば、何かが素早い身のこなしで俺の方へと走り寄ってきた。 「な、何だ……?」  俺は後退りかけたのだが、その何かは既に俺に飛びかかってきて、押し倒された。  懐かしい匂いを放つそれは月明かりで白銀に輝く美しい毛並みを照らし出され、透き通った青い瞳の中に俺を映している。 「流星」  俺はその瞳を見た瞬間に悟り、神々しく輝く狼を撫でる。  狼は気持ちよさげに目を細め、しばらくされるがままになったが、近づく車の音を聞きつけ、さっと身を翻し。 「流星!」  立ち去りかけたように見えた狼を慌てて呼び止めれば、一瞬で狼は人の姿になり、俺を振り返った。  俺は流星に飛びかからんばかりに抱きつき、子どものようにわんわんと泣いた後、まるでファンタジー映画のような話を流星に聞かされた。 「狼に噛みつかれて狼人間になったから、真っ先にお前に会いに来た。どうだ、面白いだろ」  こちらの気も知らないで得意気に話す流星を叩き、二人して思い切り笑う。  いつの間にか雨は上がり、満月は俺と流星を優しく照らし続けていた。
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