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吉彦の書斎は入口を除く三方面を、三メートルはあろう巨大な本棚で囲んだ堅苦しい空間だった。たたまれた脚立は埃をかぶっている。あまりこの部屋の本棚は利用されていないようだ。みっちりと詰められた本のタイトルはどれも厳めしい。辛うじて冬助が知ってたのは、司馬遼太郎の『燃えよ剣』くらいだった。
「息が詰まるだろ」
「呼吸困難になりそうです」
「だよね。でも、小説だけで三十年も食ってるんだから、やっぱ父さんはすごいよ」
「書いてるのって多分歴史小説ですよね」
「そうだよ。歴史ものなら何でも書くらしい。戦国、幕末、平安貴族——最近は邪馬台国の話だったかな。かれこれ二年以上取材してるみたい——あ」
下から怒声が響いてきた。吉彦の声だった。娘を𠮟りつけているようだ。
「妹さんとお父さん、仲悪いんですね」
「妹はまだ反抗期が終わっていなくてね。それに、最近出来た彼氏くんと絶賛熱愛中みたいでさ。この前なんか、その彼を連れて来て『彼と結婚できなかったら死ぬ!』なんて言うもんだから、両親共々カンカンに怒っちゃってもう大変だったよ」
「修羅場じゃないですか」
「そうそう」国正は肩をすくめて、「母さんはまだ落ち着いていたけど、父さんは彼氏くんに踊りかかる始末でね。まったく、止めるのも一苦労だったよ」柳眉をハの字にした。
「大変ですね」
うんうん。冬助は同情して頷いた。凶暴な姉弟を持つ苦労は計り知れない。
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