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「溝の口に探偵をやってる知り合いがいるの。ちょうどこのあいだ、助手が欲しいって言ってたから、ラッキーね冬助」
「お、お断りしま……」
「まさか、自分で言い出しておいて、断ったりしないわよね」
「くぅう!」
かくして、社会と姉の人脈の広さを侮っていた男の働きたくないという願望は、無残に潰えたのだった。
「安心しな冬助。あいつ、癖はあるけど、腕は確かだから。巷ではえっと、確か——『溝の口のホームズ』って呼ばれるくらいにね」
缶ビールを豪快にあおりながら、茨はサムズアップしてみせる。どこに安心要素があるというのか。冬助は余計不安になるのだった。というか、
「なんだよそのローカルすぎるホームズ……」
2
溝の口——そこは、混沌と平和の分岐点。麻生区、多摩区、宮前区、高津区、中原区、幸区、川崎区の七区で構成される政令指定都市、川崎市にはある通説がある。川崎市には柄や治安が悪いというイメージがつきまとうが、実際その通りなのは、高津区から東側だけ——というものだ。溝の口はその高津区の中心であり、まさに川崎のライトアンドダークネス双方をはらんだ場所なのだ。
というのは半分冗談で、実際は戦後の闇市で栄えた下町を、現代的な商業施設で飾った、首都圏の要所なら割と見かける便利で雑多な町である。
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