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黄色いラインが印象的な南武線各駅停車の車両から降りて、バスロータリーがある南口の方へ下って行く。そこから道路沿いに八分ほど歩いた所に、その雑居ビルはあった。
「汚い建物だなあ」
冬助は大学の入学式ぶりに纏ったスーツの窮屈さに身をよじりながら、呟いた。
四階建てのビルの外壁は黒ともダークグレーともとることができる色をしていたが、仔細を観察すると元は白であったことが窺えた。目を凝らすと濃緑がうっすらと見え、苔むしていることが分かる。古色蒼然と表現すれば多少は趣が出そうだが、実際はただただ薄汚いだけの建造物だった。
消えかかったテナントの看板を確認すると、一階には家系ラーメン、二階は雀荘、三階はスナックと色々な意味で癖のあるメンツが揃っていた。そして四階のテナントを示す場所には——『古川探偵事務所』と、昔ながらの大工店みたいな楷書体が書かれている。姉に示された住所は、ここで間違いないようだった。
現代っ子の冬助は、その禍々しいオーラに圧倒され、半歩下がった。が、今更引くわけにも行かないので、小さく息をついて歩みを進める。
四階という高さのせいなのか、設計が古いからなのか、雑居ビルにはエレベーターがなかった。仕方がない。鉄製のU字階段を登る。三階に到達しようとした時、「ガリ」という嫌な音がして、僅かに靴が階段に飲み込まれた。冬助は反射的に足を引き上げる。
「マジかよ——」
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