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ジリアスはいよいよ狼狽えた。
何もしなくてもいずれ逝ってしまうのに、どうして自分が手をかけようか。
あるいはなぜ自分は目の前でいともたやすく行われた殺人を、ただ黙って震えているしかできなかったのか。
父の口元が微かに動いた。それは確かに、自分の名を呼んだものだった。
ジリアス、と。そう聞こえた。
それと同時に、柄を持ったままの兄の手が強くジリアスの腕を掴んだ。
ひやりとした冷たい感覚が肌を刺す。
「い、いやだ……っ」
ぎょっとして思わず振り払う。遅れて我に返り、自分は兄を拒絶したのだと気がついた。
「そうか」
ベアゴールは一言そう告げると、自分の手で王の胸の中心を突き刺した。最期に僅かに呻くような声が漏れた。
血だらけの手を服から放す。どさっと地面に倒れ、後はもう起き上がることももがくこともなかった。とうとう王は息絶えた。
父の血に汚れた手を、兄はじっと見つめた。表情はなく、かえってそれがジリアスを怯えさせた。何を考えているのか全くわからない。
「……兄さん」
震える唇を動かし、兄を呼ぶ。ベアゴールは口角を上げて、微笑みを返した。
もはや愛した兄の姿はなかった。兄の皮をかぶった、王殺しの咎人であり国の略奪者だった。狂気を孕んだ瞳がジリアスを捉えている。
血の滴り落ちる剣の切っ先が自分に向かってくる。ジリアスはようやく、次は自分の番だと思い至った。
「やめて……!兄さん!」
後ずさりしながらジリアスは叫ぶ。
すでにベアゴールの耳は塞がり、何も聞こえてはいない。ただ目の前の獲物を殺し、玉座に座るのは自分だけだという証明が欲しかった。
ぎらぎらと獰猛な瞳がジリアスを捉える。もしその瞳から目をそらしたら、瞬間に喉元を裂かれるだろう。恐怖に身が竦む。動けない。
「あとはお前を殺せば、この国は俺だけのものだ」
地の底から湧くようなベアゴールの低い声には、聞いたことのない憎しみが込められていた。
ジリアスは唇を震わせ、愕然と涙を流す。
―――死にたくない!けれど……。
いっそ今、兄の手にかかって死んだほうがましかもしれない。
父はもういない。この国を守ってくれる人は、もう死んでしまったのだ。
黎明のころから変わらぬ闇の王国。兄ならばこの国の秩序を守り、破れぬ過去の栄光を存続させられる。それがダザンの歴史のためでもあり、また兄の望みのためでもある。
―――それに、兄さんは僕に死んでほしいと願っているんだ。僕が死ねば、それでもう終わるんだ。なら……。
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