月夜のショコラティエ

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 翌年のハロウィンの夜、ルカは現れなかった。 昨日張り切って作ったチョコを目の前にして、僕はため息をついた。お店の後片付けもすっかり終わり、ルカがいつ来てもいいように部屋の窓を開けて待っていた。 子どもの約束だし 他にもっと楽しいことがあるのかも 残念な気持ちを押し殺して、僕はチョコをひとつつまんで口に入れた。 突然、バサバサッと羽音がして、黒い塊が窓から飛び込んできた。何が起きたのかと思ったが、すぐにそれがルカだとわかった。 「ルカ!」 僕はルカに駆け寄り抱き起こした。 ルカのマントはあちこちが破れていた。それだけじゃない。顔も腕も傷だらけで服も汚れている。 「何があったの。しっかりして。今、水を…」 「セナ。お願いだ。あのチョコ…」 「うん。たくさん作ったよ、君のために」 「ホントか」 ルカは弱々しく笑った。 僕はチョコレートをルカの口に入れてやった。 「ああ、この味。これが食べたかった…」 「この傷、…誰かにやられたの?」 途中で道に迷ったルカは、数人の不良に囲まれてしまったそうだ。 「その中の一人が、吸血鬼(ヴァンパイア)に恋人を殺されたみたいで」 全身に鳥肌が立った。 いくら吸血鬼(ヴァンパイア)に恨みがあるとは言え、まだこんな小さな子に何てことを… かける言葉が見つからず、僕は腕に力を込めた。 「油断したんだ。瞳の色でバレた」 「…(ひど)い」 「大丈夫。死なない程度に返り討ちにしたから」 紅い瞳でルカが笑うと、小さな牙が見えた。 あどけない顔で笑うのに やっぱり怪物(モンスター)なんだな… だけど、彼は急に泣き顔になった。 「どうしたの。どこか痛む?」 「夏の終わりに、レイが死んだんだ」 「え…」 「もう一度、このチョコ食わせたかったなあ…」 ルカが目を閉じると、目尻から一筋の涙が頬を伝った。僕に体を(ゆだ)ねて、レイを(いた)んでいる彼の顔はとても綺麗だった。涙を指でそっと拭ってやると、ルカは目を開けた。 「セナ。おまえ、魔法使えるだろ」 唐突に指摘されて僕はぎくっとした。 全く自覚はないが、僕ら兄弟の誰かが母さんの血を引いてもおかしくはないはず。 そのことはずっと僕の心に引っ掛かっていた。 「…使えるのは死んだ母さんだよ」 「さっきおまえのチョコを食べた時に、レイのことが見えたんだ。最後に家族で海に行った時の、俺の大切な想い出だ」 そんなのは初耳だ。 父さんにも言われたことがない。 「声天使(ボイスエンジェル)の力のひとつさ。ふつうは対象物に声を封じ込めて、気持ちを伝えるんだ。セナのは想い出を掘り起こす記憶片(メモリーピース)だ」 「僕が、魔法使い…? 嘘だろ」 「チョコレートが彼女と深く関わってるんだろうな。凄く幸せな気分だった」 ルカの横顔は変わらず綺麗だった。 でも、怪我を負わされたことを差し引いても、あの無邪気なルカの面影はどこにもなかった。
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