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頭上から好きな音が聞こえる。収穫の時期まで落下せずに残っていたアーモンドの実を枝から捥ぐ時、茶色く香ばしいような、青く若々しいような形容しがたい小気味良い音が鳴る。
「今日の収穫はこんなもんだろ。後は殻を剥かないとな。裕太も手伝え」
兄は収穫したアーモンドを籠一杯にし、木から下りて来た。
兄の啓太の言葉からのみ、裕太は求められる嬉しさを感じられる。二人には両親がおらず、お互いを厚く信じ合うしかない。
啓太は小学校から戻ると、毎日アーモンドを育てる農家として働いている。通学バスで帰って来るとすぐに畑に出向く。
周囲の大人も学校には通わせてくれるが、それ以外の金銭の工面は自分たちでするように言うそうだ。
そんな兄の姿を見て、裕太はまだ五歳で木に登る行為は許されないが、それ以外の手伝いはしたいと思った。
なぜ周りに住む大人が冷淡なのか、裕太は知り得なかった。殻を割る作業で金槌を二人で握りながら一度聞いてみたが、啓太が口を割ることはなかった。
九月に入り徐々に気温が下がる時季。この日、夏用の布団で寝ていた裕太は、冷気で深夜に目が覚めた。
隣に兄の布団があるが、兄本人はいない。寝ぼけた頭で、どうしたのだろうと考えていると、外から聞き慣れない破裂音が響いた。
兄が何かやっているしか考えられない。彼のことは何でも知りたい。裕太はすぐに布団から出て、土間から外へ出た。
「兄ちゃん、何しているの?」
外に出た途端、家の屋根よりも高く燃え上がる火焔と、オレンジに光る兄の険しく歪んだ皺まみれの顔が見えた。
「こっちに来るな」
黒々とした兄らしくない胴間声が破裂音を搔い潜って届く。
動けなくなり炎と兄を観察していると、彼の足元に多くのアーモンドの実が落ちていた。
「アーモンド燃やしているの。どうして」
九月の寂し気な夜に、裕太の朱に近い悲哀色の声はよく通る。
「こんな売れないもん。育てても何もならねえよ」
兄から洩れる怒りと後悔、絶望、自己嫌悪。色々な感情がマーブリングし、最終的には黒に帰結する。
「裕太。聞け。日本はな他の先進国に比べて農薬大国って言われているんだ。このアーモンドって物は美容家が好んで食うんだ。そんな美容家なんて輩が、日本産のアーモンドを選ぶと思うか?」
裕太には兄の言う内容がイマイチ理解できなかったが、彼が追い詰められ怒りを覚えているのは確かだ。
炎の方を見ると、先端から上がる煙が形状を成し、苦しそうな顔に見え始めた。
「裕太、俺は絶対に俺たち二人以外の人間を許せない」
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