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早朝、玄関の扉を叩く音で目が覚めた。
「啓太君、出て来なさい」
近所の大人たちの声だ。普段は干渉を避ける癖に自分たちの都合でたまにやって来る。
布団から出た兄は超然とした姿勢で玄関へ向かう。裕太も気になって彼の後を行く。
「啓太君、昨夜またやったね。みんな見ているんだよ」
土間の真ん中に立って喚いている人は、ここの町長だ。
「だから何って言うんですか。アーモンドは簡単だから、育てるように言ったのは誰ですか。全然売れねえじゃねえか。だから余って仕方ねえから燃やして処分してんだろ」
群れて責める町長たちに向かって一歩も引く様子がない。
「そりゃ、乾燥させれば保存もでき年中売ることができて、栽培の過程種を抜き取る必要もないから、桃とかに比べたら簡単さ」
「でも、年中売れねえじゃねえか。PRも何もしねえで、勝手に作れと抜かして、余ったアーモンドは燃やすとキレる。何が目的だ」
町長たち大人はわざとらしい溜め息を吐いて、首をゆっくり横に振っていた。
「啓太君、別にアーモンドを燃やすのは構わない。だけど、そのお、また変な存在を発生させるのは止めてくれ」
大人たちは諦めたのか、家から出て行った。変な存在と聞き、裕太の頭の中には炎から上がる苦悩に満ちた煙の顔が浮かび上がっていた。
「裕太、ちょっと来てほしいところある」
そのまま兄は外に出たので、後をつけた。杉の木が密生する長い参道を行き、地元で有名な若松寺へ向かった。
「初めて言うけど。母親はこの寺で亡くなったんだ」
兄曰く、昨夜のように祈りを捧げて母親を死に追いやったようだ。裕太には芥子粒ほどの意味も理解できなかった。
裕太の醸す雰囲気を察した啓太は、最初から順を追って話し始めた。
兄が物心ついた頃から父はおらず、母のみがいたようだ。だが、母は兄の面倒よりも自身のことばかりを気にしていた。
そんな母は二か月ほど、家に戻らず兄まだ五歳の兄を放置した時期があったと言う。彼女が戻って来た時は韓国で整形をして顔貌を変え、知らない隣町の男を連れて来たようだ。
「その時唯一嬉しかったのは、その男との間に母親は子を作って弟ができたことだね」
階段を登り二人で観音堂に向かった。今は裕太の心の面にはさざ波だけが残る。
「後は想像に任せるよ」
兄は手を合わせ、丁寧にお辞儀をした。
「俺はさ、だから美容馬鹿みたいな奴は許せないんだ。農薬がどうこう言われて、きっと俺たちが作ったアーモンドも同じ気持ちだと思う。俺はそんなアーモンドに機会を与えているんだ」
背後の階段から、嫌な気配が立ち込めた。何だろうと振り返ると、そこには煙の輪郭が見えた。
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