さよなら

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 白うさぎは背中に光を背負い、苦しそうな顔を浮かべていた。私のための悲しみが、心に浸透してくる。 「あのねアリス、僕は日の光を浴びられない病気なんだ。だから日中は影で過ごさなきゃいけない。しかも視力も低いから、雨の日なんかはほとんど見えないしね。だから、月は僕にとっての太陽なんだよ。そして、君も」  今さら、彼がここに来ていた理由を知った。 「僕はこの体が嫌いだった。けど、この体のお陰でアリスに出会えたから、君を見つけられたから。僕は今、良かったと思っているよ」  今さら彼の本音を知った。 「ねぇアリス、苦しいのなら逃げたっていいよ。愛だからって全てを受け入れる必要はない。真剣に向き合って、それでも辛いなら選んだっていいんだ。アリスには逃げられる足があるし、逃げる権利もあるんだから」  逃げる権利――知りもしなかった権限が心を揺らす。  不思議の国のアリスのように、忙しく世界を駆けたいとずっと願っていた。本の中でも夢の中でもなく、現実で。 「ねぇアリス、君さえよければ僕と一緒に……」 「アリス! 何をしてるんだ!」  声に全身が跳ね上がる。かと思えば凍りついた。振り向くことさえできず立ち尽くす。白うさぎも焦りを浮かべ、声を失っていた。 「外に出ては駄目だといっただろう! 病気が悪くなったらどうするんだ!」  近付いてくる。なのに何も言えない。ごめんなさいとの簡単な一言さえ。  視界の横から、握り拳が滑り込んでくる。白うさぎを薙ぎ倒し、地面へ追いやった。赤い血が飛び、光に煌めく。 「アリスは言いつけを守れるいい子だ! 君がそそのかしたんだろう! ここには一生来るな!」  何かあったらどうするつもりだったんだ――叫びながら、お父さまは何度も白うさぎを殴った。何度も、何度も、彼が立ち上がれなくなるまで。白が土色と赤色に染まるまで。  それから、立ち尽くす私の手首を掴む。ブレスレットが食い込み、痛みを走らせた。 「帰ろう、アリス」  私は何も出来なかった。
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