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目を開くと、今日も真夜中だった。一階にいた頃より、強い月光がカーテンを突き刺している。外に出てこいよ。そう言わんばかりに時計を照らす。
お父さまはいない。少し迷いながら、今日もひっそりベッドを出た。
窓を明け、ベランダに出る。一瞬だけ下を覗いたが、白うさぎの姿はなかった。ひとまず気持ちを抑えたところで、すぐ室内に翻る。
このままずっと悲しいままで過ごすのかな。ここから身を乗り出して、逃げることさえせず――。
彼の残した台詞が、鮮やかに咲き乱れる。
私が悲しいと、僕も悲しいと言ってくれた。逃げてもいいと言ってくれた。君には権利があるのだと。私に会えただけなのに、嫌いな体が好きになったとも言ってくれた。
僕と一緒に――言葉の続きは聞かなくとも分かった。
ぎゅっと力を込め、ブレスレットと繋がる。
私は何も出来ないんじゃない。まだ、何もしていない。私は“アリス”になりたい。楽しい世界を駆け巡りたい。本の中じゃなく、この足で!
ベランダの手すりを力強く掴む。勇気を求めて顔をあげると、目映い月が私を見ていた。柔らかな光を送り出しながら。
「アリス……?」
下からの声に引き寄せられる。もう一つ見つけた、白い月に目が潤んだ。
「わ、私よ! 今から行くわ! だから一緒に逃げてほしいの!」
今日は一段と景色がよく見える。だからきっと大丈夫。道に迷ったりしない。
「分かったよアリス、おいで!」
白うさぎが両手を広げた。視野を意識的に狭め、的を定める。だが、本能的な恐怖が、私の体に呪いをかけてきた。ベッドに押し付けられた時よりも重い。けれど。
「アリス、何をしてるんだ!」
突然、背後に生じた気配が、更なる重みを加えてくる。声に気付かれたらしい。急に消失した猶予が、私の心身を圧迫した。
頭が真っ白になってしまう。体が他人に奪われて行く。お父さまが近づいてきて、私に手を伸ばす――。
「おいでアリス! 僕と世界を見に行こう!」
声に誘われ、足が動きを取り戻した。手すりに引っ掻け体を持ち上げる。
「ごめんなさいお父さま! 私は自由になりたい!」
一瞬触れてきた手が、自ら離れた気がした。
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