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「おはようアリス、朝だよ」
待ちわびていた合図を、心が吸い込む。廊下を歩く音も、扉を開ける気配も、窓とカーテンを開く震動も全て感じていた。けれど、何も知らない振りで目蓋を解放する。
「……おはようお父さま」
「調子はどう? 起きられるかい?」
「ええ」
朝七時、ようやく私の夜が終わりを告げた。微笑むお父さまは、疑い一つなく右手を差し出してくる。
手を重ねると、軽やかに身を引き寄せられた。そのまま、目覚めのキスをプレゼントされる。心の痛みが胸を走ったが、笑顔の仮面でシャットダウンした。
「朝食は?」
「食べられるわ」
「そうか、じゃあ持ってこよう! 食べたら勉強をしようね」
「ええ」
お父様は朗らかなまま部屋を出ていく。大きく重そうな扉は、ほとんど音を立てなかった。
現れた待ち時間、何も考えず近くの棚から本を取る。今の私には、読書か外を眺めるしか暇潰しがなかった。
家の回りは木々に囲われているだけで面白味がない。それなら一瞬でも夢に浸りたい――なんて考えの元、いつも読書を選んだ。
お気に入りは“不思議の国のアリス”という本だ。私と同じ名前の女の子のお話。不思議な国へと迷い込み、波瀾万丈な――けれどとても楽しい世界を駆け巡る物語。
本の世界へ行っている間だけ、私は“アリス”になれた。
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