3人が本棚に入れています
本棚に追加
真夜中、お父さまは眠っている。私が家を出ないと信じきって。
いや、私だって夢でなければ言い付けを破ろうとは思わなかった。いや、破れない。
軒から一歩踏み出した先、世界は一変した。降り注ぐ光が、景色の輪郭を優しく象っている。
色数自体は、カーテン越しの昼間よりも少ない。けれど、穏やかで静かな色合いがとても美しかった。
見上げた月は、想像よりも欠けている。けれど、思う以上にくっきりと、力強く浮かんでいた。
月をよすがに走っていったなら、このまま逃げてしまえそうだ――なんて妄想を掠めてしまうほどには。
裸足に触れる土は、柔らかくて少しくすぐったい。音を飲み込んでくれるのか、気を張らなくともほぼ発生しなかった。
地を踏む感覚が、室内とはまるで違う。生命エネルギーが足裏から伝ってくるようだ。
なんて現実味のある夢かしら。
時々振り返りながら、ゆっくり進む。白うさぎは私に気付かず、じっと月を眺めていた。
「あ、あのっ……!」
囁きにも及ばない声で呼んでみる。届いたらしく、白うさぎは小さく体を驚かせた。美しい目を丸くし、すかさず背を向ける。
そのままスタートダッシュを切ろうとして転んでいた。小石に引っ掛かったらしい。
「だ、大丈夫……?」
手を差し伸べると、視線だけが重ねられ、反らされた。白うさぎは自力で起き上がり、土を払う。それから振り向いた。
「……あの、勝手に入ってごめんなさい。人、住んでないと思ってて……」
「えっと、いいのよ。ここに何をしに来ていたの?」
「光を浴びに来ていたんだ。昼間は外に出られないから」
俯きがちな言葉が、私の心を引き寄せる。同じ苦しみがあると分かり、もっと強く繋がりたいと思った。
いや、私の夢だから似た人物になっているのかもしれないけど。だとしても、夢の中の友でも私には必要だ。
「あの、私もね。外に出ては行けないって言われているの」
だからか口にしていた。積もりすぎた苦しみを、どこかへ投げてしまいたかったのかもしれない。
「えっ、もしかして病気なの?」
具体的な単語に、一瞬すくむ。アリスは病気なんだから――愛の名のもと何度もかけられた呪文は、浮かべるだけで胸を抉るようになった。
「……ううん、お父さまの言いつけよ。少し話してもいい?」
最初のコメントを投稿しよう!