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「お疲れのようなので、私は失礼しますね」
突如として現れた彼女はそう告げると、美しい夕日のような髪をたくしあげて、そのついでにバイバイと手を降りながら去っていく。
「あ、ああ…また明日…(なんだ?もう帰るのか…?)」
こんなにあっさり帰るとは思わなかった深見は、拍子抜けしながらその後ろ姿をじっと見つめ、見えなくなるその時まで警戒を怠らなかった。
「(何が目的だったんだ…?)」
彼女の気配が無くなると、思わず肩を落として安堵のため息を吐いた、店員に見られていることに気付くと、「いかんいかん」と気を持ち直した。
「俺の気のせいか…まったくこれだから不思議ちゃんは…」
「…深見さん、お目覚めですか」
「ああ……(もうここには居られんか…)」
寝ているという芝居ができなくなった彼は、仕方なくこのカフェから離れて次なる休息場所を探しに出る、「それなりに安全」で「人通りが少なく」「あまり離れていない場所」というのが条件だ。
「(まだこの力も制限が多すぎる…)」
彼の能力は本体の視覚と意識が遮断され、その上で距離制限があるのが最大の弱点である、大学教授という立場でなければきっと使いものにならなかった。
「(早急に条件を解明し能力強化しなければ…)」
この能力を強化することは怪能力全ての解明に繋がることで、不穏分子でもあるディレクターとの戦いに勝利することは、火種くすぶる世の平穏へと繋がっていく。
「(いつ秩序を崩壊させるディレクターが現れてもおかしくはないのだ…)」
彼はもちろん研究者であるが、この世界の平和を願う人間の一人でもある、むしろそのために怪能力の研究者となった、そんな使命に駆られているからこそ、こんな思いきった人体実験ができるのだ。
「ああそういえば…少し様子を見ておくか…」
やっと俺のことを思い出した彼は、大学構内のベンチに座り、怪能力を起動させて俺の観察を再開する。
「………ッ!?」
だがその瞬間、彼は実験部屋の異常に気がついた、部屋のどこにも俺がいないのだ、そして監視地点の足元に、何故かデスクの引き出しで作った醤油の池ができていた。
「なんだこれは……」
その黒い池の意味は理解できなかったが、何故かその周辺に敷き詰められている画用紙の一枚に、東家から深見へ宛てたメッセージが書かれていたのである。
「『俺の勝ちです教授』だと……!?」
意味の分からないことの連続に意味の分からない勝利宣言、彼はふと俺の記憶操作能力が頭に思い浮かぶ、そういえば彼のことをしばらく忘れていた、その隙に何かをされたのではないかと血の気が引いたのだ。
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