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俺と教授、二人の男による誰も知らない戦いは最終局面へと移行していた。
脱出と実験、どちらも解決策のない膠着状態に陥り、互いの目的はこのドア一枚を開けることに収束していた。
恐らく勝負は一瞬、教授がドアを開けた瞬間に俺は能力を使って忘れさせる、記憶が無くなるその瞬間に生じる隙で脱出する。
しかし教授も実験を行っていることは覚えており、自分の研究室から出てくる見知らぬ男を簡単に見逃すとは思えない、これだけは実力行使でどうにかするしかない。
俺は自分の能力を信じて、できる限り素早く動くしかない、醤油の池からあちらの動きを推測して、ドアの開く瞬間を一秒でも早く捉えるしかないのである。
「(武器になるものはない…!!)」
「(…用意は万全にしておくべきか)」
俺は何も用意できない状況で、教授は武器でも何でも調達できる状況にある、残念ながら圧倒的に俺の方が不利と言えるだろう。
「(ドアを開ける前…必ずこちらの状況を観察してくるはずだ…醤油の池が揺らいだ時が合図だ…!!)」
「(ふむ、大学構内で使えるものか…)」
しかしそれが油断となり、命取りとなるかもしれない、現に彼は油断しているからこそ、ミスをしてこんな状況になっていた。
「(そんなに早くは来ないはず…息を整えろ…全神経を集中させろ…!!)」
「(ぱっと思いつくものでは消火器くらいしかないが…さすがに危険すぎるか…)」
もはや実験どころではないのに、自分の手で何とかしようとしている彼は、ある意味で能力に溺れてしまっているのかもしれない。
「(まだ揺らがないか…)」
「(店はほとんど閉まっている…)」
一方的で過ぎた力は、時として必要以上に自分の気を大きくさせる、人格が変わるほど肥大化して、取り返しのつかない失敗を招くものだ。
そして何かが変わる瞬間というのは、意識していない時に唐突に訪れるものだ、直後に部屋の外から物音が聞こえると、ドアノブが回る音が鳴り響いたのである。
「ガチャ」
「(…ドアが開く!?…くそっ!!…想定より早い…!!)」
その瞬間、俺は急いでドアに向かって駆け出した、万全の状態だったはずの自分も、心の何処かで油断していたのだと、想定外によって思い知らされた。
「(…うわっ!!こんな時に足が滑って…!!)」
「ギィィィ……」
そして急ぐあまり床に敷き詰めた画用紙で足が滑り、開くドアの前で盛大に転んでしまうと初めて絶望する、敵の前で無様に隙を晒してしまう。
「(終わった…!!)」
しかし敗北を認めようとしたその瞬間に、柔らかな声が俺を包み込むのだ。
「東家くん」
「はっ…!!秋原さん…!?」
ドアを開けたのは教授ではなく秋原コムギ、彼女は醤油を撒き散らした床に這いつくばる俺へ近付くと、微笑みながらそっと手を差し伸べてくれた。
「君、もしかして結構面白い人?」
「はは…は…?」
それが彼女との全ての始まり、それは俺を救う天使のような手、これから何度も巻き込まれる戦いへの手引き、これから起こる騒動の始まりに過ぎなかったのである。
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