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「お前また逃げたの?」
「ワタルぅ…」
大学の講義室でテーブルに伏せる俺に、貴重な友人である新橋ワタルは、怪訝な顔でそう問いかける。
「仕方ねーじゃん…秋原さんそんな気じゃなかったっぽいし…」
「だからって置いて逃げるのは最悪だろ…バイト先の先輩なんだろ?」
話題の中心はもちろん、俺の「秋原先輩置いてきぼり事件」であり、もはや何度目かのことではあるが、彼は友達として怒っているようだった。
「あーもうバイト行けねー!」
「とりあえず謝っとけよ…」
「連絡先聞いてねーし…」
叱ってくれるのはありがたいことだが、そもそもそんな勇気があるなら逃げてはいない、どうしようもなく途方にくれているから、こうしてテーブルに伏せているのである。
「秋原先輩って大学生だろ?近くのバイト先ならこの学校かもだぜ?」
「はあぁ?こんな何千人もいる学校から探すのかよぉ」
「それくらいせんと許してもらえんだろ…」
「代金はちゃんと置いてったぜぇ…」
悪いとは思っているし、秋原先輩も傷付いている可能性は大いにあるが、とてもじゃないが探す勇気なんて湧いてこない、むしろ軽蔑でもされたら立ち直れなさそうだ。
「はあ…じゃあ俺が適当に探してやるから、今日の講義はちゃんと受けろよな」
「いや本当にやるつもりかよぉ…」
「秋原先輩結構かわいいしなー」
「だったら俺のことは置いて勝手に口説いてくれよぉ…」
彼女も彼女で二度と俺なんかに会いたくはないだろう、この新橋ワタルという友達は良いやつだが、俺にとってはお節介が過ぎるのが困りものだった。
「いいか?今度は逃げるなよ」
「どのみち逃げられねえよ…この力も一人に一日一回だし…」
「ゆうて強い方だろ?世間一般で判明してる中じゃ」
「三十秒も効かないんだぜ?下手に身動きの取れない飲食店ならともかくさぁ…」
というか今更だが、今この世界では人間に特殊な能力が芽生えていた、そのことはもう世間一般世界に知れ渡り、誰もがそんなことは気にしなくなっていた。
「ものは使いようって言うしな」
「ワタルに一週間くらい貸してやりたいよ」
普通、そんな変化が起きれば人々は混乱しそうだが、そうならないのはほとんどの能力が使いものにならないほどショボいからであり、俺の力もさほど特別ではなかった。
「憂鬱だぁ~」
こんな力があっても人生に何の変化もない、この時の俺はまだそう思っていた、少なくとも悪い方向にはいかないと信じていた、杭は出なければ打たれないのだと、俺はまだ勘違いしていたのである。
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