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「おはよ」
誰も答えてくれないことはわかっていた。
僕はただ無表情で椅子に座り、人々を観察した。
棺桶のようなものに入り清らかな顔をしている。
人体冷凍保存、である。
僕はここの管理を任されていた。
窓越しではあるが彼らの顔はよく見えた。
この窓を開けることは消して許されない。
というかそんな規則がなくても誰も開けないだろう。
なぜならこの先はマイナス196℃の世界だからだ。
彼らは血液も抜かれ、液体窒素につけられているのでもう感覚もくそも無いだろうが僕はそうは行かない。
どんなふうになるかは想像はしたくないが、一瞬であの世行きだろう。
僕は彼らが腐っていないか、異変はないか、とチェックをしている。
そんなことはないと思うが念のためだ。
ズズ…とコーヒーをすすった。
死体ではない。
だからか自然と気持ち悪くはならないのだ。
観察しながらもサンドイッチを口にする。
食べ終わった頃には交代の時間である。
僕は窓に手をつくと彼らに別れを告げた。
「またね」
僕は廊下を歩きながらコーヒーを煽った。
コーヒー缶を強く握りしめた。
変わらない形のままの缶をゴミ箱へ投げ入れる。
だが、それはゴミ箱に届く前に落ちた。
僕はやれやれ、とゆっくり缶を拾いゴミ箱に入れた。
そのまままた、出口へと歩いていく。
彼らは知っているのだろうか。
今の技術では冷凍するだけで復活はできないということを。
まぁ不治の病が治るくらいの時代になったら、復活する技術も進歩しているのかも知れないが。
「…………くそ」
僕にどうしろというのだ。
僕はただ彼らを観察すればいいだけだ。
他の事なんか考えなくていいんだ。
「あ……アキラっ!!」
外に出た瞬間に笑顔で飛びついてきた女性がいた。
「夏菜子か…」
僕の彼女である。
至って美人というわけではないが、心優しくとても可愛い人だ。
「アキラ…浮かない顔だね…どうしたの?」
「いや……」
僕は顔を見られまいと横に向けた。
だが彼女は僕の頬を両手で包み、こちらに向ける。
「嘘はだめだよ…?私が全部受け止めるって約束したじゃん」
そっか、と聞こえないくらいの声で呟いた。
彼女はまっすぐと僕を見つめゆっくりと言った。
「私はアキラが幸せな方を選んでくれたら嬉しいよ」
まるですべてを見透かしているような発言であった。
僕は彼女のセミロングの髪に躊躇しながらも触れた。
「……わからないんだ」
「え?」
不思議そうな顔をする。そりゃそうだろう。
答えは決まっているようなものなのに僕はまだ考えている。
「僕には……幸せがわからないんだ」
夏菜子は僕の手首を軽く掴んだ。
「私はね…アキラといることが幸せ。でもそれ以上にあなたがいなくなることが悲しいよ」
だからね、と続ける。
「未来で病気が治って、あなたが笑い続けていられたらそれはそれで幸せじゃないかなって思うの」
「夏菜子………」
彼女は手首を離しにっこりと笑った。
どこか無理をしているようなそんな笑みだった。
「アキラが幸せと思うことは何…?」
「僕……は……」
眼の前で笑う女性を見つめた。
「僕は、君と一緒にいられたらそれでいい」
ゆっくりとだが頭が整理されてきた。
馬鹿みたいだ。今まで何に悩んでいたのだろう。結局答えは決まっていた。
「仮に未来で僕の病気が治ったとしても、君がいなかったら嫌だよ」
「そっか……」
彼女は笑った。今度は無理のなく心からの笑顔のようだった。
「……ありがとう、夏菜子」
彼らには誰か大切な人がいたのだろうか。
その人をおいてまでも未来に行きたかったのか。
そんなことはわからない。
だが僕は彼女と一緒にいることが幸せだ。
たとえこの病気が治らなくても。
完
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