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短編
肌寒い秋晴れの空気がミッドガルを包み、朝日が顔を出す頃。今日も、ルーファウスはひとりベッドの中で目覚めた。薄着で眠ってしまったためか、少し寒いような感じもする。だが、まだベッドから起き上がるつもりはない。彼はちらっとベッド際にある神羅社製のデジタル時計に目をやると薄いダウンケットをかけ直し、その時間まで待つことにした。
昨晩、日付が変わるまで仕事に付き合わせた彼女と離れたのは数時間前だ。まだ、さほど時間は経過していない。だが、この広い伽藍堂とした部屋にひとりで過ごす時間はルーファウスを物悲しい気持ちにさせた。
そのような関係になったこともなければ恋人関係であるわけでもないのに、隣にいるはずのない温もり探してしまうのは心のどこかで彼女を求めているからだった。
キングサイズのベッドにシミひとつない真っ白なシーツ。彼女とは男女関係になったことは一度もない。だが数時間前まで自室にいた彼女を思い浮かべるかのように、彼はそっと瞼を閉じる。
彼が抑えようのない激情を無理矢理押し込んでいるのは、彼女が大切だからだ。
彼女を傷付けたくはない。その感情が好きであることや、愛しているといった感情よりもルーファウスが何よりも彼女に大して抱いた感情だった。
不器用な男がはじめて人を愛すること知った精一杯の愛情表現。
そんな彼が彼女に、愛を伝えるのはまだまだ先のお話。。
ーーーーーー
いつからか彼女がいない朝を迎えることに虚しさのようなものを感じるようになっていた。
ここは神羅ビル内にあるとある私の一室。本宅は、神羅ビルとはまた別の高級住宅街にあるのだが、仕事が忙しい今日では、そちらに帰宅することの方が稀だ。こうして普段から、社内にある別宅で寝泊まりし一夜を明かしている。。それと、本宅には帰らない別の理由もある。それと言うのはーーー彼女という存在がここにはあるからだ
彼女には私の部屋へと入れる特別なキーを渡してある。手元の時計は午前5時50分。彼女は午前6時には出勤することになっている。いくら仕事とはいえ、男の部屋にひとりで入ることを一度は躊躇い、拒否した彼女だったが、タークスに配属された彼女(正式にはタークスではない)はそれも仕事のうちだと諭されて、渋々この仕事を引き受けた。イリーナは完全に私がどうするのか面白がっているだけだと思うが、私にとっては好都合であった。
しばらくすると、静寂のなかを小さな足音が近付いてくるのが聴こえた。これはきっと彼女の足音だろう。
とある上層階の階一帯が私の住居となっているため、私がキーを渡したものしかこの階に立ち入ることはできない。
そのためこの時間に彼女以外の人間の足音が聴こえることはまずない。
控えめに歩く彼女の足音はほとんど聴こえない。だが、耳を澄ませば微かに聴こえるその音を、待ち望んでいたかのように気持ちは高揚する。
こんな些細な時間さえも喜ばしく感じてしまう自分に呆れてしまうことがある。
部屋の前まできた足音が止まり、ロックが解除された電子音が聴こえると扉が開いた。
そして彼女が部屋に足を踏み入れる。
「、、失礼致します」
彼女が呟くように小さな声で発すると、そのまま寝た振りをする私のもとへ歩みを進めてくる。
6時前、、、約束の時間より少し早く出勤してくるところも彼女らしい。。
社会人ならば当然のことではあるが、早朝から毎日休みなく出勤する姿は社会人の鏡といえる。まあ、それも私が指示したものだが、、彼女にとっては逆らうことのできない上司の命令であったとしても毎朝彼女と顔を合わせるこの時間は私にとっては何よりも重要だった。
やがて声の主は、私のベッド際で止まると
「社長。そろそろお時間ですよ。起きてくださいませ」
広々とした20畳はあるだろうこの部屋で優しい、ふわりとした心地の良い彼女の声が部屋に響いた。
それだけで伽藍堂だった部屋が一気に暖かくなるようなそんな気持ちがした。
そして、私の好む彼女の匂いも同時に風にのって鼻腔に入る。彼女の匂いは例えるなら、日だまりのような暖かな匂いだ。そう、優しい彼女らしい匂い。
私はいつまでも彼女の声を聞いていたくて、起きているのにも関わらずわざと寝たふりを続ける。
目をつぶっていては彼女の姿は見えないけれど、きっと私が起きないことに彼女は困っているはずだ。
その姿がすぐに目に浮かんでしまい、私は朝から顔の綻びを抑えるのに必死だった。
「社長。今日は朝から重要な会議が入ってます。起きてください」
なかなか目覚めない私に困ったような彼女が聞こえてくる。
そんな声を聞いていると、たちまち愛しさが込み上げる。
やがて一度諦めたのか私を起こす前に、飲み物を飲むための湯を沸かしに電気ポットの電源を入れにいったのだろう。
私を置き、彼女の気配が遠ざかる。
彼女が遠ざかることを好ましく思わない私は、さっさと観念して目覚めることにした。
「ノエル」
私が彼女の名前を口にすれば、遠ざかっていた彼女が作業をやめ、こちらに駆け寄ってくる音が聴こえる。
「社長起きていらっしゃいましたか?」
近くで聴こえてくる安堵にも似た彼女の声が響く。
私はいつからかこの声が聴きたくてたまらない。
自分でも気が付かぬうちにこの声を追ってしまう自分がいる。
少し高めの、、、聴いていると思わず自然と笑みが溢れてしまうような不思議と魅力のある可愛らしい彼女の声。
高揚する気持ちを抑えつつ私は早く彼女の姿が見たくて目を開く。すると思ったよりも近くにいた深緑の大きな瞳と視線がぶつかり、愛らしい彼女の姿が目に写った。さらさらとした彼女の銀髪が太陽の光に反射している。
「あぁ。10分ほど前から起きていた」
それは実は嘘だ。本当はもう少し前から起きていて、彼女が朝から私の元へ訪れるのを待っていた。彼女にとって私の元へ朝からくるという作業は仕事の一環にしか過ぎないだろう。
だが、朗らかな笑顔の彼女が私の顔を覗き込めば、そんなことすらどうでも良いとさえ思ってしまう自分がいた。
待つ時間すら退屈しないというのは、彼女を待っているからだ。
「私の方が遅刻してしまったみたいですね。明日からもう少し早めに来ますね」
彼女がもう少し早めにくるというなら、断る理由はどこにもない。
「ならば、その分の手当てはしっかり付けよう。それより早く近くにこい」
彼女の香りが私の鼻腔を擽る度に、彼女に触れたくなる。そういうつもりじゃなかったと、焦っていい掛ける彼女の姿にさらに愛しさが込み上げる。いてもたってもいられずベッド際に立つ彼女の柔らかな腕を掴み、傷付けないように引き寄せ自分の胸の中に閉じ込める。彼女がベッドに臥床する私の上に被さるような状態だ。
柔らかくも温かな感触が、胸にじわりと広がっていくのを感じた。彼女を抱き締めるときは、いつもこの幸福感で満たされる。はじめは戸惑った彼女だったが、もともとよぼどのことがないかぎり従順で賢い女だ。それ以上のことはないと悟った瞬間、抵抗することはなかった。彼女が、それをどう捉えているかは知り得ないが理屈ではなく、私は彼女を抱き締めたかった。
そしてそれは私にとって初めての存在であった。
彼女を温かさ全身で感じていると、抱いてもいないのにも関わらずこの上ない幸福感か胸を満たしていく感覚が自分でも実感できた。
。、、彼女の着ているスーツの衣服の硬さが不満でもあるが、それは仕方ないとして心に留めておこう。
「社長、どうされました?」
本日も急に抱き締められた彼女は大きな瞳を真ん丸にしていることだろう。
その質疑には応えず体勢を整えようとする彼女の腰に手を回し引き付けると無理矢理押さえつけているような体勢のまま、彼女の首筋に顔を埋める。甘く柔らかな匂いが鼻腔をくすぐった。男を誘うような、きめ細やかな柔い白肌に吸い付いてしまいたい。そんな激情が走る。
自分の中で欲望のようなものが、沸々と沸き上がってくるのを感じた。
このまま彼女の首筋に舌を這わせ吸い付きながら、衣服を剥がし、組み敷き抱いてしまえばこれ以上の幸福があるに違いなかった。
彼女のあられもない姿をつい想像してしまい、すぐに自分を諌める。
「社長。お身体の具合でも悪いのですか?会議は延期していただきますか?」
突然、耳元で彼女が呟く。
顔を少し上げれば眼前に彼女の可愛いらしい顔があって、その顔はあくまでもシラフな様子だ。
長い睫が上下すれば、その美しさに見とれてしまい、また私は自分の欲望を抑えるのに必死になる。
きょとんとした表情で不思議そうにしている彼女に私のような欲望は感じられない。
それが残念でたまらなかった。私の方が少し罪悪感を感じてしまうほどに。
このような状況になって私を誘惑してこないのも彼女ぐらいだろう。正直、女に困ったことなど一度もない。
神羅という巨大な権力に惹かれる女もいれば、単純に私の財力に近寄る女。この顔に惹かれる女。黙っていても女がどことなく向こう側から近付ってきた。
そして私に抱かれることを懇願した。
戯れとは酔狂ではあるが、暇潰しで抱いたこともある。社交辞令で女を抱いたこともある。
取引のために女を利用し抱いたこともある。
それなりに経験は豊富な方だろう。
しかし、彼女ほど惹かれたものはない。彼女と一緒にいる時の満たされるような幸福感に包まれたことなど今まで一度たりとも無かった。
彼女さえその気なら、今すぐにでも抱いてしまうのに。当の本人は、そんな気すら起こしている様子もなく、私の体調を本気で心配している様子だ。
恋愛に興味がない年頃でもないだろうに。。
単純に彼女にとって私はまだそういう意味での興味がないらしい。
老若男女問わず、すり寄ってきた人間は数知らず。しかし本当に欲して止まない女は私のことなど眼中にないようだ。あくまでも仕事上の上司という認識なのかもしれない。
彼女は誰にも媚びない。そういった姿すら、私を惹き付けて止まない。
彼女の方からこのまま私の首に腕を絡め、そのいとおしいまでの表情、それを無自覚な上目遣いで私を誘ってくれたなら、、私は迷うことなく自分の気の済むまで彼女を抱き続けるだろう。
なんて、その気もない彼女の前でまたそんな想像をしてしまう自分に心底呆れる。
朝からだと言うのに、彼女を観ただけでその気になってしまう自分に本当に嫌気がさす。
いつもどんなときでも主導権は私にあったのに、彼女の前ではその主導権も彼女にあるようだ。
だが、気分は悪くはない。
手に入らない女ほど、追いかけたくなる男の心理というのも今ならわかる気がする。
今まで手に入らなかったものなどない私にとっては余計になのかもしれない。
世界を統べるこの神羅グループの頂点さえも手に入れた私にとって、彼女という存在は不可思議であり気にならないはずがない存在のひとつなのだろう。
「心配はいらない。予定はそのままで構わない」
「わかりました。。」
顔を上げれば
骨格の小さな彼女は、私の腕のなかですっぽりと埋まってしまって顔ひとつ以外は身動きが取れない。
その様子すら、たまらなく愛おしい。
自分が病に掛かってしまったのかと思うぐらいに、彼女の一挙一動にたまらなく心を揺さぶられる。
「ところで君の匂いを嗅いでいると本当に落ち着くな、、、、」
呟くように言葉を吐けば、彼女は照れたように顔を伏せる。
この感情は嘘ではない。彼女の匂いは私にとって、たまらない気持ちにさせる、いわば媚薬のようなもの。感情が落ち着きもするし、胸が切なく恋しく、苦しく、、時に激しくなるときもある。
激情や欲情に駆られ、無理矢理にでも彼女を抱いて自分の物にしてしまいたいと思う。
だが、、きっと彼女はそんな私の欲望など気付いてはいないだろう。
男を知らない初な彼女は私の汚い欲望などとは無縁で構わない。
それだけの巨大な力を持ちながらも、この世界では似つかわしくない彼女の純真さと美しさに惹き付けられて止まない。
その力もその美しさも、その優しさも、彼女から向けられる感情の全てを独占し、自分の物だけにしてしまいたい。
、、だが彼女はそんな私の欲望など知らなくていい。
今は、、、それでいい。
彼女が訳あって自分を男だと偽っていることは知っている。
彼女が自分を男だと偽り続ける以上、そこに何だかの理由があり、私が触れてしまえば崩れてしまう何かがある。
これは確信であり、たぶんそうだろうという予測ではない。
だから、今はこれでいい。
彼女を今失うわけにはいかない。身体だけではない。
彼女の心が手に入らなければなんの意味もない。
この私がこんなにも弱気になってしまうなどらしくはないが、きっと彼女についてのことだけだろう。
彼女がいつか、偽ることなく自分を伝えてきたその時には、、その時こそは私も自分を偽ることなく彼女と向き合おう。
そして、そのときこそ彼女を私のものにする。
彼女のはじめてを奪うのもこれから知るのも、その先も全て私でなくてはならない。
そしてそのときになったら、彼女の耳元で愛を囁き、私だけしか知らないその身体に永遠に私だけを刻み付けよう。
そして、私の名前をその愛おしい口から紡いで欲しい。
私の腕の中で規則正しい呼吸を繰り返している彼女を再び強く抱き締める。
今は少しでも彼女の甘い体躯を、全身で感じていたい。
例え彼女がどんな選択をしようと今ここにある時間だけは真実であり、この先何があっても変わらない事実なのだから。。
ほんのすこしでも感じられる幸福感をこの時を私は何よりも大切にしていたい。
脆く崩れやすいものだからこそ、壊れないように大切に大切に。。その、幸福を少しでも長く感じていたいから、、
暖かな体温を抱きながら
この時間が一秒でも長く続けばいいのにと、私は彼女の流れるような美しい銀髪にキスをひとつ落とした。
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