番長降臨

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番長降臨

  アリスは、タクシーで球場に乗りつけた。 「釣りは、取っておきな」  と言いつつ、ピッタリの金額を払うアリスを、運転手は、不審な目で見ていた。  アリスは、慣れた足取りで、奥の関係者しか立ち入れない場所へと入って行った。すれ違った清掃作業員が、振り返って、不思議そうに見ている。  アリスは、いきなり、ルッカールームのドアをバンと開けた。中にいたデンジャラスの選手達は、驚いて見ている。 「あんごーな事してしもうた。ユニフォーム忘れてよー」  全員の頭に、ハテナの文字が浮かんだ。 「えーと…昨日の巫女さんですよね?」  鬼頭が思い出した。 「ちげーよ。オレだよ、オレ」 「何か様子がおかしいな」 「そうですね。まるで、番長みたいな言い方…」  その言葉に、その場にいた者は、雷に撃たれたようになった。 「そう言えば、最初の言葉って…岡山弁…」 「岡山弁?」  みんなの頭に嫌な事が、思い浮かんだ。 「無念の思いを抱えてるって…」 「正に番長だよな…」 「何ブツブツ言ってるんだ。一ノ瀬、何とかしろよ。お前、オレの女房役だろ」  名指しされた一ノ瀬は、困った顔をした。 「わかりましたよ、工藤さん。とりあえず、監督の所に行きましょう」 「さすが、一ノ瀬。落ち着いてるなー」  その言葉を背中にして、一ノ瀬は、ロッカールームを出た。 「何かさ、お前ら、おとなし過ぎじゃね? 覇気がないつうかさ。せっかく。、連敗が止まったんだし、もうちょっと、ノってこうぜ」  その言葉に、工藤は驚いた。 「ホントに工藤さんと話してるみたいだ…」 「当たり前だろーが」  工藤は、一ノ瀬の頭をポンと叩いた。その仕草も、まるで、工藤だ。 「しっかし、出世したもんだよな、お前も。今じゃ、正捕手か」  話してる間に、ミーティングルームに到着した。天宮監督は、試合前には、良く、ここにいる。監督だけてはなく、コーチ陣や選手も、この部屋で、ケータリングの食事をしたり、お茶を飲んだりしている。  ドアを開けると、やはり、何人か人がいた。監督は、奥の方に座って、コーチと話をしている。 「よっ!」  アリスが、そっちに向かって、非常に雑な挨拶をした。天宮は、眉をひそめて、アリスを見た。 「ああ…昨日の…」 「監督。信じられない話ですが、どうやら、この人は、工藤投手のようで」 「クドウトウシュ?」  意味がわからなかったらしい。監督が、妙なアクセントで、聞き返した。 「ばーか。それじゃあ、わからんだろ。チームの歴代最強エース、球団の救世主工藤大地さまと言えよ」 「く…工藤大地!」  監督は、思わず立ち上がっていた。 「何、冗談言ってるんだ」  横にいたピッチングコーチの小林が言った。 「どう見ても、女の子じゃないか」 「そう…ですよね」 「外側はな」 「何、取り憑いたとでも、言うのか?」 「まあ、そういう事やな。その言い方は、あんまり好きやないけど」 「そんな事…信じらられん」 「でも…工藤さんの喋り方ですよね? さっきなんか、岡山弁だったし」 「岡山弁…」 「つべこべ言わんと、投げさせやー、ええんや」 「何っ。投げれるのか?」 「当然や」 「ふーん」  監督が、興味あるという顔になった。 「さすがに、その格好では…誰かユニフォームを貸してやれ」  小林コーチが、すぐに予備のユニフォームを持って来た。ロッカールームに行こうとするアリスを、押し留め、倉庫で掃除道具を片付けてある部屋で、着替えさせた。  投球練習場には、先発予定の斉藤と中継ぎの清水が来たところだった。投球練習を始めようとしていた二人を止め、アリスに投げさせる。受けるのは、一ノ瀬だ。  天宮監督と小林コーチ、それに二人のピッチャーが守る中、アリスは、臆する事もなく、右足を高く上げるダイナミックなフォームで、ボールを投げ込んだ。 「工藤だ…」  その姿を見て、思わず、監督が言った。アリスの手を離れたボールは、真っ直ぐ、一ノ瀬のミットに吸い込まれた…訳ではなかった。 「届かない…」   「届かないな…」   コントロールは良かった。が、いかんせん、力が足りないのだ。一ノ瀬の1メートル前くらいで、ポトット落ちた。 「オレのせいじゃない」  アリスがむくれた。 「わかってる。巫女さんは鍛えていないだろうからな。それにしても、何故彼女に?」 「ああ、何で、この女に取り憑いたかって? そんなの、自分でもわからない。気づいたら、そうなってた。うーん。相性がいいのかな。とにかく、オレは、このチャンスを活かしたい」  「チャンスって?」 「オレの夢だ。それを叶えなきゃ、オレは死んでも死にきれない」 「工藤さんの夢って?」 「優勝だよ! 決まってるだろ!」  そう言えば、デンジャラスは、ここ10年は優勝から遠ざかっている。 「わかった」  監督が言った。 「とにかく、その体だな。筋力をアップしろ。こっちは、彼女を支配下選手に登録する」 「監督…正気ですか?」 「面白いじゃないか。連敗脱出しただけで、精一杯だったのに。優勝が目標だなんて」  しかし、他の人間は、呆然としていた。
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