プレイボール

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 天宮浩一は、苦り切った表情をしていた。足早にベンチから去ろうとしていたが、記者たちに追いかけてこられた。 「天宮監督、ホームで11連敗ですね」  天宮は、デンジャラスという球団の監督だ。デンジャラスは、今季最下位に沈んでいる。それも、アウェイでは五分の成績なのに、何故か、本拠地では、連敗が続いている。 「まるで、何かに取り憑かれてるみたいですね」  能天気に、そう言い放ったスポーツ紙の記者を、天宮は睨みつける。本当は、頭突きでもしてやりたいが、さすがに我慢する。 『天宮、記者の放言にブチ切れて、場外乱闘』  どうせ、明日の紙面に面白おかしく書かれてしまうのだから。それよりも、当たるべき人間は他にいる。 「おい、一ノ瀬」  正捕手を呼び止めようと思ったが 「一ノ瀬なら、とっくにロッカールームですよ」 「それじゃあ…」  呼び出して、小言を言おうと思ったが、ヘッドコーチの宇野が近寄ってきて、囁いた。 「オーナーが、話があるそうです」  嫌な予感しかしない。  近くのホテルの最上階のレストランに呼び出された。高級そうな所で、天宮には、敷居が高い。オーナーの江藤は、羽振りがいいようだ。本業が、上手く行ってるのだろう。江藤が、球団を買ったのが、2年前。もちろん、財力があったおかげだ。  レストランに入って行くと、奥の席で、江藤が待っていた。予想に反して、上機嫌だ。 「何でも好きな物を頼みなさい」  夜の10時過ぎだ。今からコースなぞ食べたら、胃もたれがするだろう。天宮は、アラカルトから、チーズの盛り合わせを頼んだ。それと、クラフトビールも。飲まずには、やってられない。それにしても、チームが負けたのに、上機嫌のオーナーなんて、それはそれで怖い。何を考えているのか。 「ホームで、11連敗だそうじゃないか」  来た。 「面目ありません」 「いや、君のせいじゃない」 「えっ」  思わず、変な声が出た。こういう時、監督は責められるものではないか。 「そう…、ピッチャー陣が、もう少し…」 「いや、選手も悪くない」 「はぁ…では、打撃コーチが…」 「コーチも悪くない」 「では…何が…」 「場所だよ、場所」 「場所?」 「だって、ホームになると、負けてばかりなんだから」 「ですが…」 「商売でもそうだ。条件はいいのに、何やっても当たらない。そういう場所がある。何か曰く因縁があるところで」 「はあ…。というと、移転するんですか?」 「いや、さすがに、そこまでの資金は。そこでだ。お祓いをしてもらおう」 「お祓い?」 「そう。お祓い。知り合いに、巫女さんがいてね」 「巫女?」 「腕は確かだっていうんだ。どうだろう。その子に、任せてみては。というか、明日来てもらう事になっている」 「はっ」  また、変な声が出た。 「それは、あまりに急な」 「大丈夫。すぐに済むし。我々は見てるだけだ」 「見てないといけないんですか」 「試合前に、ちゃちゃっとやってもらうから」  天宮は、頭痛がしてきた。  翌日、ベンチ前に、天宮とデンジャラスの選手が、勢揃いしていた。 「かんとくぅ、とうとう、神頼みですか」  例の記者が、ニヤニヤして近づいて来た。 「君を呼んだ覚えはないが」 「お祓いをバカにしてはいけません。そもそも、日本人は、呪いというものを信じてきました。これは、敗者に対する気づかいとも言え、同時に勝者の奢り、気持ちのあり方…」  ものすごい勢いで、反論を始めたのは、一ノ瀬だ。大学卒で、理屈ぽいが、こういう時は助かる。記者は、煙に巻かれたようで、目を白黒させている。 「やあやあ、待たせた」  オーナーが登場した。巫女を伴っている。これが、巫女の格好をしているが、それがコスプレに見えるくらい若くかわいい女の子だ。 「この人、ホンモノ?」  同じ事を思ったらしく、ショートの沖田が聞いた。 「し…失礼な。私は、神谷神社の跡取りです。修行も積んでます」  言い返したが、声が小さい。 「まあ、今日は、父が、地鎮祭でいないので、代理ですが」  代理かい! 「アリスちゃんとは、キャバクラで知り合ってね」 「キャバクラ?」 「あ、て言っても、一緒にお酒飲んでお話しするだけだよ」 「貧乏な神社なんで、バイトしないとやってけなくて」  果たして、どっちが本業なのか? 「えー、君の名前、アリスなの? ハーフか何か?」 「いえ、純然たる日本人です。母の感性が独特で」 「監督、ひっかかるところは、そこじゃないでしょう」  それはまあ、そうだ。 「まあ、じゃあ、一つよろしく」  仕方なく監督外うと、アリスは、しずしずと、ピッチャーマウンドに向かった。そして、芝居がかった様子で、両手を天に上げた。 「〜」  何を行っているのか、わからないが、先ほどのか細い声ではない。低い響き渡るような声で、祝詞をあげている。一分ほど、声を張り上げた後、尺を振り回した。一同は、思わず、頭を垂れる。 「かしこみ、かしこみ、物申す」  最後の方だけ、聞き取れた。不思議なもので、天宮は神妙な気分になった。あんなにバカにしていたのに。おそらく、みんなも同じ気持ちだっただろう。  アリスは、しばらく、頭を下げたままだった。みんなの頭に?が浮かんだ頃、アリスが、ハッと顔を上げた。 「お…終わりました」  元の音量に戻っている。 「よし! これで、連敗脱出間違いなしや」  オーナーの、この信頼感は、何だろう。 「どうなんだ? やっぱ悪い霊でもついてたか?」  天宮は、意地悪で言ったのだが 「ええ。悪い霊というか、無念の念が残ってるようです」 「ああ。ホームに戻れなかったランナーの霊かな」  一塁手の鬼頭が言った。なかなか、トボけたやつだ。  アリスは、また、オーナーと出て行った。 「さあ、練習、練習」  振り返ると、あの記者熊田が、何か怖い顔をして、考え込んでいるのが、気になった。  その日の試合は、投手戦になった。両チームの先発ピッチャーの出来が良く、というよりは、打撃陣が打ちあぐねて、凡退を繰り返して、とうとう、0対0で、九回の裏を迎えた。天宮は、疲れて早く帰りたかった。 「やっぱ、お祓いしたからって、そう上手くはいきませんね」  鬼頭が、また、癇に障る事を言った。が、この回、先頭バッターが打った内野ゴロを、相手のショートがお手玉した。結果、一塁セーフ。天宮は、すかさず、送りバントで、ランナーを二塁に進める。一点取れればいいのだ。一点取れれば、サヨナラだ。が、その一点が、中々遠いのだ。次のバッターでは、エンドランをかけた。こっちも、内野ゴロだったので、一塁はアウトになっても、三塁にむかっていたランナーは、セーフになるだろう。そう思って見ていると、相手チームがミスをしてくれた。ボールを取った一塁手が、間に合わない三塁に投げたのだ。一塁、三塁オールセーフ。一塁に、カバーにはいったピッチャーが呆然としている。 「よしっ」  思わず、声が出た。次のバッターは、外野フライでいい。次の打順はピッチャーなので、代打を送る。ベテランの風間だ。 「カザ、大きいの、一発頼む」  外野フライでいいのだが、そう思っていると、これが中々飛ばない。まあ、向こうのピッチャーも、ゴロを打たせようと、躍起になる。  風間は、いつになく、落ち着いていた。よくボールを見て、ファールで粘る。フルカウントになった。そして、12球目。甘く入って来た高めの球を、フェンスギリギリまで運んだ。お誂え向きのセンターフライ。ゲームセットだ。 「連敗脱出だ!」  ベンチの中にいた連中は、立ち上がっていた。
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