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——悲劇の少女である秋山真希は、凄惨な事件から二年間、目を覚まさずにいた。
気味の悪いくらい真っ白な病院のベッドに、真希は寝かされている。そんな彼女のもとに、親戚や教師が、時々顔を出しに来る。
しかし、毎日欠かさず会いにきたのは、ただ一人である。
その少年の名は、畠周斗だ。
周斗は、青白い真希の手を、両手で包む。
「真希。今日から夏休みだよ。今年は受験だから、あんまり遊びに行けないかな。そうだ、真希が欲しがってたクルリちゃんのマスク、作ってあるよ。藍崎さんの誕生日に、クルリちゃんに化けてビックリさせるんだって言ってたから——」
眉毛までかかった前髪をわずかに揺らして、中性的な顔を穏やかに傾けて、周斗は語りかける。
周斗は誰よりも真希が大切だった。女っぽい容姿と、内向的な性格、そして「マスク作り」という奇妙な趣味のせいで、小さい頃から男子に虐められていた。
マスクというのは、口を覆う衛生用品のことではなく、顔全体に貼り付ける仮面のようなものである。
友達のいない引きこもり予備軍である周斗は、両親にとっても忌まわしい存在であった。
もう二度と会わない相手との会話は比較的マシなのだ。お店の会計で受け答えしたり、観光に来た人に、賑わうレジャー施設を教えてあげたり。
その点、家族やクラスメイトは天敵だった。毎日会うことが確定しているからだ。
嫌われることを恐れて縮こまる。そのせいで厭われる。だから、理想の自分になるためにマスクを作る。その姿が気持ちが悪いとますます嫌われる。この悪循環が終わらなかった。
それに疲れた周斗は、孤独を受け入れることにした。
そんな周斗に手を差し伸べてくれたのが、当時小学五年生の真希だったのだ。
「そのマスク凄いね! 完璧に変装できちゃいそう! 怪盗やスパイみたいに!」
真希はポニーテールを弾ませている。キラキラ輝く真希の瞳は、この世のすべての宝石が霞むほどだった。
「私にも作ってほしいな!」
なんの汚れもなく、満面の笑みを浮かべる真希が、聖母マリアに見えたのである。人の温かさに飢えている周斗を堕とすには、過剰な慈悲だったのである。
こうして、周斗と真希は、同じ時間を重ねたのだ。
あの、真っ赤な事件が起きるまで。
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