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「真希。今日で夏休みが終わるんだ。明日からはまた、夕方にならないと来られな——」
マリアがお目覚めになる。そのお身体を太陽の光が撫でる。イエスは固まる。
真希が息を吹き返したこの瞬間は、活人画であった。
「……周斗?」
「あ、ああ、あ……」
「何よ、化け物が出た、って顔して」
力無かったが、悪戯っぽさの残った微笑みを見た周斗の瞳に、ポセイドーンが降臨した。
不死鳥が運んできたのは、真希の命と、決断の責任であった。
事件のことを、真希に伝えるのかどうか、だ。
ここ最近、似たような猟奇的事件が頻発していた。厄介なことに、犯人の誰もが、そのような素振りがなかったという。勤務態度の良好だった男性に、電気設備の点検を任せたら、電源コードで従業員を無差別に絞殺した事件もある。電源コードに触れる機会を与えてしまった人は、知らぬうちに殺人の片棒を担ぐことになったわけだ。日常の中に殺人事件が潜んでいた。
しかし大人達は、まさか自分の身近で起こるとは思っていなかったのだろう。
真希は事件のことを忘れていた。あまりに強烈な出来事であったため、脳が記憶を拒否したのかもしれない。
親戚、教師、医師——真希を囲む大人達が、どんな決断を下したのか。周斗がそれを知ったのは、朝の学級活動の時だった。
「秋山には、ご家族は交通事故で亡くなったと伝えてある」
いつもは虐め寸前まで生徒をいじっている男性教師も、この日だけは顔中の神経をピンと張らせていた。
「絶対に、あの事件のことは話すなよ」
かつてなく低く、重たい声色の意味は、中学三年生ともなれば、さすがに分かる。
周斗を含む生徒達は、大人達の隠蔽に加担した。
優しい嘘に抱かれて生きる真希は、どんどん光を失っていった。
「真希ちゃん、放課後、一緒にケーキ屋さんに行こうよ」
「ううん。まっすぐ帰るよ」
藍崎の目尻が下がる。唇をきゅっとつぐむ。
放課後の真希の行き先は決まっている。
*
「真希」
周斗が真希の小さい背中に声をかけると、真希は虚な目を携えてふりかえる。
真希の前にあるものはお墓である。茜色の下に並ぶ墓石は寂寥である。
呆けている真希の姿を、周斗はまじまじと見つめる。
真希は孤独になった。血縁的な意味だけではない。周斗といる時でも引っ切りなし鳴っていた携帯は、故障を疑うほど静かになった。
真希が自分と同じところに来た。その事実に周斗は、背徳的な悦楽を覚えるのである。
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