哀れな化け物をどうか裁きたまえ

3/11
前へ
/11ページ
次へ
「真希。今日で夏休みが終わるんだ。明日からはまた、夕方にならないと来られな——」  マリアがお目覚めになる。そのお身体を太陽の光が撫でる。イエスは固まる。  真希が息を吹き返したこの瞬間は、活人画であった。 「……周斗?」 「あ、ああ、あ……」 「何よ、化け物が出た、って顔して」  力無かったが、悪戯っぽさの残った微笑みを見た周斗の瞳に、ポセイドーンが降臨した。  不死鳥が運んできたのは、真希の命と、決断の責任であった。  事件のことを、真希に伝えるのかどうか、だ。  ここ最近、似たような猟奇的事件が頻発していた。厄介なことに、犯人の誰もが、そのような素振りがなかったという。勤務態度の良好だった男性に、電気設備の点検を任せたら、電源コードで従業員を無差別に絞殺した事件もある。電源コードに触れる機会を与えてしまった人は、知らぬうちに殺人の片棒を担ぐことになったわけだ。日常の中に殺人事件が潜んでいた。  しかし大人達は、まさか自分の身近で起こるとは思っていなかったのだろう。  真希は事件のことを忘れていた。あまりに強烈な出来事であったため、脳が記憶を拒否したのかもしれない。  親戚、教師、医師——真希を囲む大人達が、どんな決断を下したのか。周斗がそれを知ったのは、朝の学級活動の時だった。 「秋山には、ご家族は交通事故で亡くなったと伝えてある」  いつもは虐め寸前まで生徒をいじっている男性教師も、この日だけは顔中の神経をピンと張らせていた。 「絶対に、あの事件のことは話すなよ」  かつてなく低く、重たい声色の意味は、中学三年生ともなれば、さすがに分かる。  周斗を含む生徒達は、大人達の隠蔽に加担した。  優しい嘘に抱かれて生きる真希は、どんどん光を失っていった。 「真希ちゃん、放課後、一緒にケーキ屋さんに行こうよ」 「ううん。まっすぐ帰るよ」  藍崎の目尻が下がる。唇をきゅっとつぐむ。  放課後の真希の行き先は決まっている。  * 「真希」  周斗が真希の小さい背中に声をかけると、真希は虚な目を携えてふりかえる。  真希の前にあるものはお墓である。茜色の下に並ぶ墓石は寂寥である。  呆けている真希の姿を、周斗はまじまじと見つめる。  真希は孤独になった。血縁的な意味だけではない。周斗といる時でも引っ切りなし鳴っていた携帯は、故障を疑うほど静かになった。  真希が自分と同じところに来た。その事実に周斗は、背徳的な悦楽を覚えるのである。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加