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2学期が始まり、1日、2日、3日、経っても一向に会う気配がない。一年の教室を覗きに行ったり、無意味に一年が使う校舎を歩いたりした。しかし、晴人には会えなかった。
痺れを切らした俺は、一年の教室へと向かう。
「あ、あのさ、晴人っている?」
「いますよー? はるとは何人もいますけど?」
「あー。そっか。鈴木晴人いる?」
はると。という名前は、俺らが産まれた年代の流行の名前だったのか、確かによく聞く名前だ。
「え? 鈴木晴人ですか?」
「あー。悪いんだけど、クラス分からなくて……」
「このクラスにはいないですね……」
「そっか。ありがとうな」
「あ、あの! 多分ですけど……はるとで、苗字が鈴木っていないと思います」
「は?」
「このクラスじゃなくても、一年では聞いたことない名前だから」
何言ってんだ。晴人はそんなに存在感が薄いのか。その時はそんな風に思っていた。
♢
「いない?! そんなはずない。だって……」
どうしても気になった俺は、一年の全クラスに聞きに行った。なんでそこまでするんだ。と思ったけど、嫌な胸騒ぎがしたんだ。
そして、分かったこと。
この学校に「鈴木晴人」なんて存在しなかった。
頭が混乱している。最初に見せてもらった学生証は、確かにこの学校のモノだった。「鈴木晴人」とも書かれていた。俺は幽霊にでも出会っていたのか。いや、そんなはずはない。幽霊にしては現実的過ぎる。
「晴人……お前は誰なんだよ……」
ぽつりと呟いた言葉は風のに吹かれて消えていく。頭の片隅に眠る記憶の欠片が疼いた気がした。
「すずき……はると、いや、そんなはず……」
記憶の欠片を探して訪れたのは職員室だった。晴人が持っていた学生証はこの学校の学生証だった。
この学校となにかしらの関りがあるはずだ。そう推測して、一年の頃からお世話になっている学年主任の山下先生を訪ねた。
コーヒーの匂いが漂う職員室。山下先生の言葉を待っていた。
「あー。すずきはると? いっぱい居そうな名前だな……。はるとって名前は何人も生徒にいたしなあ」
「先生の記憶に残る鈴木晴人は?」
「記憶に残ると言えば……記憶に残るというか、無念だったと思うのは、お前と同じ学年の鈴木ってやつが一年のときに退学したな」
「え、どういうことですか?」
「お前、覚えてないか? もう二年も前のことだし覚えてなくてもしょうがないか。お前たちが一年の時いただろ。すずきはると」
「一年の時。すずきはると……?」
頭の中の記憶をたどると薄っすらと人影が浮かんできた。
「いじめられて転校したんだよな。どうにかできなかったかと無念が残るんだよ」
「先生! そのすずきはるとって、どんな奴でしたっけ? 茶髪?」
「すずきは茶髪なわけないだろ。黒髪で目が隠れるくらい長くて……」
――思い出した。確かに一年の頃、すずきはるとは存在した。そして、俺を買い取った鈴木晴人ときっと同一人物だ。なぜ気づかなかったんだ。
記憶の中に残る鈴木晴人は、黒髪で目が隠れるほど前髪が長くて、顔が薄らとしか思い出せなかったからだ。
茶髪で、にこやかに笑う晴人とは結び付かなかった。
コンビニから漏れる薄明かりの中、学生証の生年月日までは見ていなかった。見せられた学生証は一年の時のモノということか……。
♢
「一年の時にいた、鈴木晴人の連絡先? 知るわけないじゃん」
「鈴木晴人? 誰だっけ。それ」
「鈴木晴人の引っ越した先? 知らないな」
一年の時に同じクラスだった奴らにひたすら聞いて回った。鈴木晴人の所在は、誰に聞いても分からなかった。当然と言えば当然かもしれない。つい少し前までは俺も忘れていたのだから。
鈴木晴人とは一年の時に同じクラスだった。接点もなく、喋った記憶がない。いじめられて転校したのも、晴人がいなくなって少し経ってから人伝に聞いた程度だ。
思い出と呼べる記憶は1つもなかった。
なぜ俺の前に現れたのか、分からない。そしてなぜ俺の時間を買ってまで一緒に過ごしたのか。
俺はなに1つ知らない。
たった1日一緒にいただけで、君のことを分かっていなかった。
なんだよ。いなくなる前提で俺を買い取ったのかよ。
家に帰ってぶつけようのない感情ぶつけるように、2万円が入った茶封筒を投げつけた。
1万円札が2枚ひらりと舞った。
俺たちの関係がお金で結ばれたと言わんばかりに、ひらりと静かに落ちていった。
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