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 いつからか、僕の見る景色に君はいた。  窓側の一番後ろの席。そこが僕の定位置だ。ガヤガヤと賑わる教室の中、笑い声の渦の中には入らず、自分とは別の物語を見ているようだった。僕はその輪の中には入ることはできない。 「ぼっちくーん」  クラスの奴らは僕を「ぼっちくん」と呼んで人の悪い笑顔を向けてくる。いじめられていると自覚していた。  悪口を言われたり、わざとぶつかってきたり。その時は大きな傷ではなくても、蓄積されていくと、やがて心には大きな傷が刻まれていた。  きっとその時の僕の思考回路では、この辛い日々から逃げる道は一つしかないと思っていた。この生活が後三年続くと考えたら、もう耐えられないと思った。  気づけば僕はその場にいた。学校から少し歩いたところにある踏切。  降りた遮断器。鳴り響く踏切の警報音。  なぜか吸い込まれるように、その場に立ち尽くしていた。足が一歩踏み出そうとした時だった。   「学校楽しい?」  そんな時、ふと問いかけられた。すぐ隣に君はいた。  君の存在に気づかないほど、僕は自分の世界に入り込んでいたらしい。 「あー、よくわからないけど。逃げるのは悪いことじゃねーから」 「逃げるって?」 「その足の進む方に、逃げるんじゃねーの?」  僕は一歩踏み出していた足を戻した。  ぶわっと吹き荒れる風と共に、電車が音を立てて通り過ぎて行った。  声を掛けられなければ、僕はあの電車と衝突していたかもしれない。全身に悪寒がめぐる。   「同じクラスの琉生……くんだよね? 君には分からないよ。辛いの状況が卒業まで続くなんて、考えたことある? 僕の気持ちなんてわからないよ」 「別に続けなきゃいいだろ」 「え、」 「別の学校でやり直しなんていくらでもできる」 「……」 「逃げ道は、1つじゃない。無限にあるから」  君がどんな気持ちで言ったのか、分からない。その時の僕は学校で起こることが、自分の世界のすべてのような感覚だった。逃げ道はないと思っていたんだ。そんな僕の心に君の言葉はスッと浸透していく。    僕が電車に飛び込もうとしたのを止めたのか、それともただの世間話だったのか。  分からないけど、電車に飛び込む足が止まったのは、まぎれもない事実だった。    それからというもの、一日の終わりに記憶を振り返ると、いつも残る景色には君がいた。  話してみたい。そう思っても琉生くんの醸し出す雰囲気が僕の勇気を抹消させた。  今日こそは。今日こそは。そう思いながら何度見送ってきただろう。  父の転勤が決まった。隣の県だった。必然といじめの日々からの逃げ道が決まった。  転校する前に、もう一度話したくて。琉生くんと近づきたいのに、近づけなくて。どうすれば友達になれるのか分からなかった。  勇気を出せずに、一言も話せないまま、転校することとなった。    幸運なことに、転校した先の学校ではいじめられることなく、平和に楽しく過ごせていた。  あのころと比べたら、格段に幸せだ。そのはずなのに、頭の片隅にはいつも琉生くんがいた。自分では答えが出てこないので、友達との何気ない会話の中で質問をした。 「ねー。どうしても手に入れたいものがあったらどうする? それが入手困難だった場合……」 「どうしても欲しいなら、金で解決だろ」 「お金とかじゃなくてさー」 「知らないの? 金で買えないモノなんてないんだぜ? 今はレンタル彼女や、告白代行。なんだって、金で解決してくれんだよ」 「お金……か」  何気ない会話が僕の中で妙にしっくりきてしまったんだ。  ――どうしても欲しいなら、お金を払う。  冷静に考えると、どうかしている。ただ、その時の僕は時間もチャンスもこの夏しかないと思った。春になり上京したら2度と会えないだろう。僕たちの繋ぐものは何もないから――。  琉生くんは前の学校の思い出のはずなのに、心のアルバムに隠れてはくれなかった。僕の心の中で、琉生くんの存在は確実に主張し続ける。  どうしても、もう一度会いたかったんだ。馬鹿な方法しか思いつかないくらい、会いたかったんだ。    まずは謎に包まれている琉生くんの情報収集をした。誰に聞いても琉生くんを知ってる人はいなくて。だいぶ手こずった。やっとつかんだ情報。  いじめられた、すずきはると。ではなくて、新しく出会う方法を選んだ。  それは単なる僕の心の弱さだった。僕の中には琉生くんはずっといるけど、琉生君の中の僕は消えていると思ったから。傷つきたくない弱虫だった。   「―― 残りの夏を買い取らせてください」  目を見開いて驚いていた。それはそうだろう。待ち伏せをされて、突然とんでもないことを言われているのだから。 平然を装いつつも、内心は心臓が破裂しそうなくらいドキドキしていた。  ――こうして、夏の終わりに、僕らの最後の夏が始まった。  琉生くんと夏を過ごせたことは一生忘れない。これから先辛いことがあっても、この思い出が盾となるだろう。  お金をいくら払っても足りないくらいに満ちた時間だった。これで後悔なく、大人になれる。  ひと夏の恋として、心の箱に保存しよう。
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