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「いただきます」
さっきよりもバターの香りが芳醇なのに、ベチャっとしていないご飯。その上のふっくらとしたレーズンも、炊いた時は原型を留めていないものもあったのに、しっかりと形はあってだけど柔らかい。
チラリとナオを見たら、嬉しそうに頷いてる。
「こんな感じだったかも」
ホッとしたように一口ずつ噛みしめたナオが、やり遂げたように大きく息を吐く。
「まあ、本家の味には遠いかもしれないけれど、大満足よ」
「そ、良かった。これで我が家でも甘酸っぱいカレーをいつでも食べられるようになったってことだよね」
「うん、多分」
懐かしそうに目を細めたナオの中には、あの頃の思い出が溢れているのかもしれない。
パワハラに近い環境で必死に頑張っていたナオが辞表を出した。
優秀だった彼女をこのまま辞めさせたくはない、と会社が彼女にかけあい、本社に異動させたあの頃。
はじめて出逢った頃の彼女は心細そうに笑う子だった。
少しずつ少しずつ笑えるようになって。
今ではこんなにも笑顔の似合う人となり、それを見ているのがボクの幸せとなった。
「ねえ、ナオ。ご飯、もう一度炊こうか」
「え?」
「だって今夜はカレーにするんでしょ? 昼間食べそびれたんだし」
「だって今からじゃ」
ナオが時計を気にするのは、二十二時を過ぎているからだ。
「いいじゃん、ボクにも甘酸っぱいカレー食べさせて。あ、肉とりんご買ってくるよ。玉ねぎはあったよね」
「うん、あ、周ちゃん、ナスも買ってきてくれる?」
「いいけど?」
「トッピングで輪切りにしたナスの素揚げがのっているのもあったの。今夜はそれに挑戦しようかな」
「お、美味しそう! じゃあナスも買ってくるよ」
「よろしく周ちゃん。ご飯炊いて玉ねぎみじん切りにしとくね」
いってらっしゃいとボクを見送ってくれるナオの笑顔が、晴れ晴れとしているように見えた。
お腹はとっくにグウグウ鳴っていて、正直レトルトカレーでもいいくらいだ。
けれど、懐かしの味がナオの元気の素になり笑顔になるならば。
この時間からのカレー作りも悪くない、そう思えた。
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