真夜中カレー

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「無くなってたんだわ」  仕事を終え、家に帰ってきた彼女がため息と共に哀し気に肩を落とす。 「無くなってたってなにが?」 「お店、昔行きつけだったカレー屋さん」 「ああ、ビルの地下にあるとか言ってた?」 「そう、食べたかったなあ……、あの甘酸っぱいカレー」  彼女が時々言う甘酸っぱいカレー。  その感想を聞く度にボクは首を傾げた。  支社近くにその味でもてなすカレー屋さんがあったと何度も彼女から聞いたことがある。  支社勤務だった彼女が、本社に異動してきたのは五年前のことだ。  直属の部下になった彼女は、いつも『美味しいカレー屋さんってありませんかね』と周囲に聞いていた。  カレーが好きな笑顔の不器用な子、それが彼女の第一印象。  どこかビクビクと引き攣ったような笑顔が印象的だったから。  ボクの行きつけのカレー屋さんでよければ、と何度かランチに連れて行く内に仲良くなって、結婚したのは二年前。  今日は久しぶりに支社での会議があり、いつも彼女が話していたカレー屋に立ち寄るのを、朝から楽しみにしていたらしい。 「無くなるってわかってたら、もっと早く行ってたのに。というか、周ちゃんにも食べさせたかったのに」 「ん、ボクも残念。ナオからずっと聞かされてたから、食べて見たかったな。なんか、本当に幻の味みたいになっちゃったね」 「うん……」  しまった!!  ボクの言葉に項垂れたナオを何とか元気づけてあげられないものだろうか? 「作ってみない? ナオの知ってる、そのお店の味」 「今までも何度かトライしたじゃない? でも、やっぱりなんだか違っていて」
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