白銀の瞳は月夜に輝く

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父が、(いぶか)しげな様子で窓越しに外を眺めていた時、バスが一旦停車した。 乗客の数名が何事かと外にでて、それを確認しに向かう。そして父も、人の流れに紛れて外に出た。 それから数分ほど経った時だった、妹のマニラがそわそわと体を動かし始め、落ち着きがなくなってしまったのだ。 『ねぇ、ママ〜おしっこ行きたい。』 『えっ…?困ったわねぇ…バスはしばらく動きそうにないし、かと言ってこんな森の近くにお手洗いがあるとは思えないし…。』 『もう我慢できないよぉ〜漏れちゃうよ〜。』 とうとう妹はぐずりだしてしまった。 困り果てた母は、一度父を呼び戻そうとしていた。しかし、動くとすぐにでも漏れそうだとマニラがしきりに言うものだから、父を呼び戻す暇はないと判断したのだろう。 『レミ、ママはマニラとおしっこに行ってくるから、少しの間だけここで待っててくれる?バスの横の茂みに行って、すぐに戻ってくるから。それまでここに座ってお利口にしてて頂戴、いいわね?』 「わかった、行ってらっしゃい。」 そして母とマニラはバスを降りていく。 その時、見知らぬ年配の男性二人が入れ違いでバスに戻ってきた。二人は、レミの座っている座席のひとつ前に腰掛けると、辺りを気にしながらもヒソヒソと小声で話し始める。 『ありゃー、ロレンスさん()のとこの坊主だよ…可哀想に。』『だが驚いたな…坊主も” 白銀の瞳 ”を持つ者だったとは…。もしかして、村の掟を知ってしまったんじゃないか?』 (はくぎんの…ひとみ?むらの、おきて…?) それは、初めて聞く言葉だった。 どこか引っかかる会話の内容に、レミは今一度フードを目深に被って聞き耳を立てた。 『かもしれないな…。昨晩、血相を変えて急に家を飛び出したと聞いた。生け贄にされるのが恐ろしくなったんだろう…それできっと、家から逃げ出したのさ。』『可哀想だが、村の平和の為だ…持って生まれた者の宿命さ…俺達にはどうにもできない。どの道、20を迎えたら死を覚悟しなければならなかったんだ。』 (いけにえ…?20になったら…死ぬ?どういうこと?) レミはこの日、知ってしまった。 コルク村では、300年程前から続いている謎の疫病(えきびょう)や天災が、白銀のオオカミの呪いによるものだと囁かれてきた事を。同時期に、” 白銀の瞳を持つ者 ”が産まれてくるようになった事も。村民は” 白銀の瞳 ”をオオカミの体の一部と考え、それを還すことで呪いを沈めることが出来るのではと考えた。そして、生け贄の儀式は秘密裏に行われるようになったのだ。真実を知ってしまったその時、一瞬だったが、山のような血まみれの死体の情景が脳裏を過ぎり、身の毛がよだった。何故その時、そのような情景が脳裏を過ぎったのか未だに分からない。ただその時は、直感的にこれ以上この事に触れてはいけないと感じたのだ。 その後も男性二人の会話は続く。 話によれば、亡くなった少年の死因は恐らく、魔物によるものらしかった。夜中に一人で逃げ出した所を、白銀の森に住み着いているとされる魔物に襲われたのではないかとの事だった。なんでも、魔物は” 白銀の瞳 ”に宿る力を欲しているらしい。そのため襲われた者はみな、目が(えぐ)り取られた状態で発見されるという。そして少年もまた、その犠牲者となってしまったのだ。 『レミ、遅くなってごめんね。ちゃんと座って待てるなんて、さすがお姉ちゃんね、偉いわ。』 母はそう言って私に語り掛け、優しく微笑んだ。赤いポンチョ越しに頭を撫でるその手が、温かさが、その瞬間から恐怖そのものへと変わってしまった。レミは、生きた心地がしなかった。
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