白銀の瞳は月夜に輝く

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レミは、目の前の恐怖に体を震わせた。逃げなければと思うが、体は言うことを聞いてくれない。そんなレミの姿を見た悪魔は、ぽつりとこう呟いた。 『つまらん反応だな…もう見飽きてしまった。人間は何故、魔物に対して異常なまでに怯えるのか…。魔物が人間を喰らう…それは生きるために必要な、当たり前の行為に過ぎない。人間も同様に、牛や豚と言った家畜を屠殺(とさつ)し食す。家畜からすれば人間は恐怖そのものであり、魔物のしているそれとなんら変わりないというのに。』 悪魔が話す言葉の意味を理解できなかったレミは、要するにこの悪魔は自分を食べたいと、そう言っているのか?と解釈する。 「わ…わた…しを…食べたいって…ことですか?…食べたいのなら…食べればいい。どうせ私は…数ヶ月以内に生け贄にされて…死ぬんだから。」と、か細い声を震わせながら、悪魔に話し掛ける。 『私は…悪魔は人間の肉など喰らわない。その代わり、人間の魂を生きる糧とする。』 「魂…を、生きる糧に…?」 その時だった、悪魔が質問を投げかけてきたのだ。 『貴様…生きたくはないか?” 白銀の瞳 ”を持つ者は、長いこと監禁され自由を奪われた後、生け贄にされて死ぬ。中には、親から虐待を受け耐えかねて、生け贄にされる前に自殺する子供もいると聞くが…貴様は、生きたいとは思わないか?』 (生きる……私は、生きても許されるのかな…。) 「私には…生きるという選択肢は…ないです。もう、変えられない運命だから…。例え自由を望んだとしても、許されることはない。」 レミは俯くと、太ももの上で握り拳を作った。血が滲むほどに硬く握られているそれを見て、悪魔はまた口を開く。 『…家を抜け出し、一人でこの森に足を踏み入れたのは、生きたいと…自由になりたいと、そう思ったからでは無いのか?』 「……死ぬ前に一度でいいから、この目で直接…できる限り近くで…あの満月を見たいと、そう思ったんです…。だから、ここに来ました。」 そう答えた後、悪魔は一瞬にしてレミに近づいた。そしてレミの顎を持ち上げると、その瞳を食い入るように覗き込んだ。その瞬間、魂を奪われると思ったレミは、唾を飲み喉を鳴らして、目をつむった。しかし悪魔は、思いもよらない言葉を口にしたのだ。 『私が貴様に、自由を与えてやろう。生きて、その目で…その体で、世界を見渡せ。』 「えっ…?それは…一体…どういう…。」 『人間としての寿命が尽きた時、私は貴様の魂を頂く。その代わり、残された長い時間を自由に生きられるよう、私が協力してやろう。大丈夫だ、悪魔は嘘はつかない。契約を結べばそれに逆らうことは出来ないからな。』 月の光に照らされた悪魔が、口角を上げて微笑んだ。星の数ほどいる人間の中で、なぜ悪魔は自分を選び契約を結ぶと言ってきたのか。契約など結ばなくとも、魂を奪おうと思えば今ここで簡単に奪えるのではないか?と、レミはどうしても()に落ちなかった。 「…どうして私なんですか…?それに、契約なんて結ばなくても…今すぐに私の魂くらい奪えるんじゃ…。」 数秒ほど、沈黙が流れた。 そして悪魔は、こう答える。 『貴様の持つ” 白銀の瞳 ”が……実に美しいと感じたからだ。貴様の寿命が尽きるその時までは、その瞳を眺めていたいと…そう思っただけだ。』 ──その瞬間、白銀の森に、夜風が吹いた。
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