虚構日記 2023/10/08

1/1
前へ
/35ページ
次へ

虚構日記 2023/10/08

 イベント帰り、当て逃げされた。  咄嗟に、サトルから仕込まれていた対処法で衝撃を逃がす方に飛べたおかげか、擦り傷と青あざ程度。野次馬が集まる前にそそくさと逃げてこられた。  一通りの護身術。  契約結婚にそんなものがどうして必要なのか、当時の私は質問しようとは思わなかったのだろうか。普通に考えて、ヤバい案件かと疑うだろうに。  姉に扮する前のサトルと、筋肉ゴリラに東洋人好みの美形をアイコラしたようなレミさんとを思い出す。つい「さん」付けになるくらいには、あのときの指導はゴリラのほうがうまかった。  帰宅してから、そんなちょっとした事故話を話していたら、姉が眉をひそめて、迫力ある低音で詳しく話せと詰めてきた。私の戦利品をあさっていた妹が、目を丸くして顔を上げるくらいに。  先に読んでもいいけど部屋に持っていくな、と釘をさしてから、覚えている限りの状況を話す。  街灯はあるがあまり役に立っていない夜道。人通りもほとんどない。  被害者側なのにその場を逃げるように立ち去ったわけを、警察のお世話になったらあの戦利品をご開帳する羽目になるかもしれない、それだけは避けたかったから、と言うと、救われたかもなと姉がつぶやいた。やってくるのが本物の警察かどうかわからないし、と。  なんだか不穏だ。 「当初の予定では、レミは今日、到着するはずだった」  それは初耳だ。これとなんの関係があるか知らないけど。 「トラブルがあって、遅れてるんだが」  唇に指の背をあてて考え込む。  すっかり壁を乗り越えたらしい妹が、今日は気合を入れて姉を飾り立てていた。低い声で、平和的とは言い難い用語をぶつぶつ呟く姿は、だいぶ前に見たアニメの戦うアンティーク・ドールのようだ。  妹がうめき声をあげたので振り向くと、すね毛もちゃんと描きこむ系の薄い本にあたったらしい。表紙じゃ見分けはつかない。  ふと、姉にすね毛がないのを思い出した。  姉に扮するために処理したのだろうか。徹底してるな。  仕事でたまった疲労のせいか、今日の出来事のせいか分からない首の痛みを感じて、スマホでストレッチ動画を検索する。  姉は考え込んだまま部屋を出ていき、妹は小説の薄い本を何冊か持っていった。  おやすみなさい。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加