虚構日記 2023/10/12

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虚構日記 2023/10/12

 昨夜出かけていた姉とレミは、朝食のときには戻っていた。  車椅子の姉をかいがいしく世話するレミを見ていると、やっぱり最期をパートナーの傍らで終わらせたくて帰国しただけではという気がしてくる。  新情報があるらしいが、まだ確認することがあるから話は夜に、ということになった。  妹が、今日は家にいていいかと聞いてきた。  サボりたい日は勝手にサボっているのに珍しい。  だがレミたちの方に支障がないだろうか。  二人を見ると、たがいに眼顔で会話してから頷いた。  聞いた以上は、保護者の立場として、休むという連絡を必ずいれるよう釘をさしてから出勤する。  一昨日からの全銀システムトラブルが復旧していた。  システムが復旧するまでは業務を先送りすればいい、なんて言ってた上司は、復旧していることに昼過ぎまでふれなかった。  音を消したニュース番組では、銀行前の映像が流れている。  今日もなにかが画面を横切った。集合体恐怖症なら失神していただろう目玉だらけのなにか。  昨日は海外ニュースだったはずだ。  腕に鳥肌が立つ。  こんなにも、早く帰ってレミの話が聞きたいことなんて、あっただろうか。  日本には、まだ到達しないんじゃなかったのか。  午後は、今年の新人をどう育てるかで緊急ミーティングがあった。それは表向きのことで、重要な書類を紛失した新人がいたらしい。  堂々巡りの対策会議は、平和の象徴に思えた。  定時で帰るために、テレビのニュースにはもう目をやらず、仕事をこなした。  それでも、システムトラブルの原因がまさか、とか、それなら海外ニュースのあれもとか、なんなら紛失したという書類だって、んじゃないかなんて考えが、浮かんでは消える。  夜、国内ニュースであれの姿を見たことを伝えると、レミと姉は顔を見合わせてから、それはそうだろうと頷いた。 「そもそも、八百万の神は日本発のコンテンツだ。日本の神々が具現化したものだと当局は認識している」  コンテンツ。  思わず復唱してしまった。 「クールジャパンだ」  今日も姉ではなくサトルの顔になって姉が言う。髪や服は、一日家にいた妹が弄り倒したロリータ仕様ではあるけれど。 「神々が、その存在に、アニメやマンガ、ゲームのキャラクターとして繰り返し言及されることで実体化したという仮説がある」  そういうことなら、日本は爆心地ではなかろうか。それとも台風の目か。 「昨日、ブレイン・ポートで採取した映像を見せたとき、二人が見ていたものが違っていただろう?」  レミが私と妹を交互に見た。  今度は私と妹が顔を見合わせる。 「違った?」 「ハロウィンと、ベルセルク」  あ、と私は口をあける。  どちらも百鬼夜行と認識していたが、今月末の渋谷と、作画・三浦建太郎では大きく違う。 「映像化したといったが、実際は信号を発していただけだ。見た者がそれを受信して脳で映像を結ぶ」 「脳内コンテンツにないものは映像化できないといえば分かるか?」  レミとサトルが辛抱強く説明した。  つまり、ハンターハンターや呪術廻戦や、もちろんベルセルクを好んで読んでいた私には、あれがそのように見えた、と。  妹は、鬼滅が流行ったときにファッション・オタク化して私が毎週買ってくるジャンプを読み始めたものの、ハンターハンターも呪術廻戦も、新連載の魔々勇々も読めていない。化け物の造形が怖すぎて無理、といって。鬼滅も蜘蛛のあたりで読むのをやめていたはずだ。  ただ、見え方が違うからといって、なにがどうだというのだろう。  こちらも辛抱強く、質問を投げた。 「あれが日本に集合したとして、のみこまれる以外の仮設は?」  レミが気遣うように妹のほうを見た。 「……日本で、終わりのないハロウィン・パーティーが始まる」  ベルセルクのグッズにあった、ベヘリットを思い出す。蝕か。 「日本だけ? 世界的にはどうなるの?」  筋肉でパツパツのシャツのうえにある、不釣り合いな美形が目をふせた。この男の、生きた人形のようなパートナーは隣で宙を見て細く息を吐く。  私の隣で妹が、不安そうに身じろぎする。  わあ、そうか。  脳内で、今はどこにいるか知らない芸人が、気づいちゃった気づいちゃったと歌う。 「八百万の神っていうネーミングは、とどのつまり日本だけの問題として片付けるための、布石ってやつ?」 「内政干渉にあたる、とかいって手を引く算段だろう」  姉が手を伸ばして、妹のふるえる手を握った。  横目で見ながら、私が自分でも思いがけないことを言った。 「なにか、できることはないの? その、つまり、私達にも」  アベンジャーズが頭をよぎる。ロキ様が一番好きな私に、なにができるというのか。 「カシマは僕が、ただ最期を愛する人のそばで迎えるためにやってきたとでも思ったのか?」  やや強引に口角をつりあげたような笑顔に、同調圧力とでもいうのか、私も歯を食いしばったまま笑顔をつくった。  その口の形では、「思ってた」とは言いたくても発語できないのが幸いした。  人生ずっと、他人より頑張ってやっと人並みの私だ。  ここでなにか役に立ちたいなら、筋肉ゴリラもといレミ・ストラトスの意気を削いではいけないとわかっている。  話は深夜に及んで、なお終わらなかった。  続きはまた明日。  おやすみなさい。
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