虚構日記 2023/10/13

1/1
前へ
/35ページ
次へ

虚構日記 2023/10/13

 朝から半日休暇をとって、近所の小学校にボランティアに出かけた。あやうく忘れるところだった。  去年あたり『7つの習慣』だったかにかぶれて、地域とのつながりを持とうと一念発起したのを忘れてた。岡田斗司夫ゼミだったかもしれない。  年度初めに当番表が家の郵便受けに投函されていて、前日は報告用のノートが投函されている。  小学生の子どもたちの前で、未邦訳の絵本を読んだ。翻訳は、グーグル先生にまかせたものをベースに、私がテキトーにアレンジしたもの。お姫様がムッキムキになってゴブリンを退治する。  ポカンとしている子どもたちの顔を順繰りに見ていって、なぜか思い出した。  よくある質問。  心理テストなのかなんなのか、よく分からない質問。 問1・明日、世界が滅ぶとしたら、何をする? 答1・なにもしない。いつもどおり過ごす。  だってそうだろう。  すべて滅ぶなら、そうだろう。 問2・明日死ぬなら、何をする? 答2.姉と妹に、結構楽しかった、と伝える。  あとに残る誰かがいるなら。  それと、死んだら解放、とはいっても、どこかで生きてるかもしれない親には伝えないでほしい。  なんなら墓には入れずに樹木葬とか宇宙葬とか、そういうのにしてほしい。  ああ、こういうことは、「明日」なんて差し迫る前に書き残しておくことだ。一般的には遺書っていうんだろう。  これまでは、このどちらかだった。  すべて滅ぶか、私だけが滅ぶか。 問3・この国だけが滅びるなら、何をする?  ヒーローでも呪術師でもない私は、国外逃亡して、いずれ再戦の時宜を……なんてことにはならない。逃げたらそれきりだろう。  おかしなことに、昨夜のテーブルで、ここから出ていくという話は出なかった。  愛国心がハチャメチャ強い、なんてこともない。  あるいは、姉を愛していることがダダ漏れレミが、姉を連れて逃げ出そうという様子を見せないからだろうか。逃げてどうにかなるものなら、レミは帰国した当日に、姉を連れてとんぼ返りしたはずだ。  午後に、今度は航空管制システムがトラブルを起こしたと告げていた。  テレビにうつっているのは空港。これにはなにも、それらしきものは見えない。画面の隅に、資料映像、と表示されていた。  それとも、国外脱出はもう不可能な状況になっているのだろうか。  全銀システムに続いてこれだから、ネットでは陰謀論がはしゃぎまわっている。  帰り道、角を曲がるとこのあたりでは見かけないデコトラが駐車していた。  電飾が眩しくて、目を細めながら横を通り過ぎようとしたところで、縦列駐車の救急車が目にはいった。  見れば、デコトラと思ったのは消防車だ。車体の横腹で放水ホースが、灰白い腸のようにとぐろを巻いている。  目をそらした先、猫のようなものが横切った。  猫なら、いつもならとりあえず呼んでみる。  けど、今日のところは帰路を急ぐことにした。心臓がバクバクした。  なにもかも、百鬼夜行の影響に見える。  帰宅すると、姉とレミがひたいをくっつけるようにして話していた。  テーブルの横に立ち、なぜ情報を小出しにするのが聞いた。  レミが悲しそうな顔で見上げてくる。美形すぎて見慣れなければ気後れしてしまう魔力が、まったく効かなくなっているのを感じた。 「本当に、分かっていることが少ないんだ。日本に来れば、もっと分かることが増えると思った。それは正しかった。だけど、なにもかもクリアになるというほどではない……」  目をふせたレミの肩を、姉がそっとさする。その手に手を重ねてから、私をまっすぐ見た。 「間に合わないとなったら、君とマオだけでも国外へ逃げてもらうつもりだ」  一瞬ポカンとなる。私と妹だけ。姉は? 「私は逃げるわけにはいかない。かといってお前たちを道連れにする気もない」 「君たちふたりは、僕とサトルの、命の恩人の娘だ」  そういう情報は、最後の最後に取っておいても良かったんじゃなかろうか。  明らかにキャパオーバーだ。  ふらふらと冷蔵庫から板チョコを出して、一枚一気食いした。  おやすみなさい。  眠れなかった。  
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加