虚構日記 2023/10/14

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虚構日記 2023/10/14

 出奔した父親は、そもそもほとんど家にいなかった。  母親からは薄ぼんやりと、海外で仕事していると聞いていた。  小学校高学年の頃にはもう、他所に女がいるとかじゃねえかなと疑ってはいたけど、母親があんまりカラッとしてるから、そういうもんだと受け入れてしまった。  実際のところどうだったかは知らないままだ。  知らないけど、現役傭兵と元傭兵が口をそろえて「恩人」と言ったあたりで、察するべきなんだろう。  母親は、最近とうとう最終回をむかえたマンガで読んだ言葉がぴったりな人だった。  チキンレースで真っ先に死ぬタイプ。  母親には向いていないようでいて、生命力はものすごく強いから、生命体を育てるのには向いていたかもしれない。  そして、強すぎて過信してるからこそ、チキンレースで死ぬ。  いや、死亡は確認してないけど。どこかでのたれ死んだら、家族に連絡がくるもんじゃなかろうか。『きのう何食べた?』で読んだ。  私の名前、藤子の由来は、定番だけど小学校の作文のとき聞いた。父親がつけたんだそうだ。  現代では「花」といえば桜だけど、昔は山桜で、それから藤の花なんだとかいって。  山桜のくだりはずっと忘れていた。思い出したのは、サトルが契約結婚とあわせて養子にしたいという子の名前を聞いたときだ。  愛すべき戦闘力ゼロのゴスロリ妹。「山桜」でマオなんて、「ヤマ」「オウ」と読ませて真ん中を取ったのか。  スラムダンクかよ、と思ったあとに、ひらめくように記憶がよみがえったのを覚えている。  まるでチクリとうなじを刺されて、記憶を差し込まれたみたいだった。 「彼はーー君のお父さんは、戦場で万葉集をよむようなひとだった」  レミが言う。 『1917命をかけた伝令』みたいな格好の父が、ボロボロの岩波文庫に身をかがめている姿を思い出す。  もちろん見た記憶なんてない。過誤記憶とか虚偽記憶とかいうやつだ。  それにしても。  地味で特徴のない顔立ちの私と、サトルとレミの隠し子だといわれたほうがしっくりくるマオとが、そうか、父親が同じなのか。  遺伝子とは不思議だ。  だらだらと、いま明かされなくても別によかった気がする家族の真実、なんてものを書き連ねながら、今少しだけ、この日記を「誰にでも公開」設定で続けてきたのは失敗だったかと思っている。  進撃の巨人の、現在公開可能な情報っていうアレが、あの読みにくいフォントで頭に浮かぶ。レミが話した百鬼夜行情報は、どこまで公開可能なのか。  レミには特に止められていない。たまにアクセス数を見ても日に一桁のブログだ。たいして影響はないってことだろうか。  めまいがする。  オタクが世界を救う映画って、あったはずだよなと検索したらば、いくつかヒットした。  みたことあるのはたぶん『レディ・プレイヤー』だけ。  私ごときがオタクを名乗るなんておこがましい。  レミから告げられた言葉(公開可能かどうかは現時点でP)に、青ざめながらそうこたえたら、横から姉が、紅茶をすすりながら言った。 「そういうところがオタクなんだ」  それはそうかもしれない。  ああ、神様。  岡田斗司夫ゼミに人生相談メッセージ出してみようかな。  おやすみなさい。
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