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虚構日記 2023/10/17
映画なら、冒頭何分かは息もつかせぬアクションで客をつかむところだけれど。
映画ならぬ日常は、今日もいつもどおり進行する、かと思いきや、昨夜遅くに帰ってきた姉とレミに、今日は仕事を休んでほしいと頼まれた。
急遽、会社に休暇の申請を出した。
だけど出席してほしい会合が昼近くだというので仮眠をとる。
そのあいだに、運ばれたらしい。
目覚めると、見知らぬ会議室で椅子をならべたベッドに寝かされていた。
椅子のならべかたに既視感がある。
残業、泊まり込みが慢性化している国の機関で働く知人が、図解して面白おかしく教えてくれた。転がり落ちたりせず、よりよく眠れるならべかた。帰って寝ろ、と一応は突っ込んだ記憶。
背もたれに手をかけ起き上がると、オンライン会議の準備を整えたテーブルが見えた。
レミが着替えさせたからだろうか、今日はどちらかというとサトル寄りの姉が、車椅子ごしに振り返り、起きたか、と口だけ動かす。
「あのう、一服盛りましたか?」
ほぼサトルといっても男装ではないあたり、いつもの女装がカムフラージュではなく普通に本人の趣味なのだろうと、こんなときに思う。
あるいはレミが気に入ったのかも。
「その予定だったけど、先にグッスリだったから」
姉ではなくて、レミが肩をすくめてこたえた。
そうか。わりと平気なつもりだったけど、このところずっと眠りが浅かったせいだろう。
体をずり動かして椅子のベッドからおりる。
会議室には、私たちしかいなかった。
正面の大きなモニターが16分割されている。会社でやっているteams会議っぽい。
見回せば、集まったメンバーの気持ちをやわらげようとか、微塵も配慮する気のない実用一辺倒な会議室だ。
問答無用で運搬された末に、会議って、
「せっかくだから、『スカイプって知ってます!?』って言ってみたかったな」
なかば寝ぼけ眼のままぼやいたら、16分割のどこかが動いて、誰かがマイクミュートを解除したらしい。
『軍用機で運ばれたうえにオフラインミーティングなら、ボクもそれやりたかった』
よく見ると、赤毛の太った青年に発話者のマーカーがついていた。ドクター・ペッパーの缶をもっている。
レミがひいてくれた椅子に座りながら、念のため確認した。
「たしかにちゃんとオンラインですもんね。ーープロジェクト・ヘイル・メアリー?」
『そう、あのシーン最高。笑えるよね』
「字幕と吹替どっちもみたけど、どっちも吹き出しちゃいましたよ」
なんとなく敬語で応じながら目をこすり、耳をこする。画像が小さいけど、日本語ノンネイティブに見える。
姉が横から言った。
「日本語はオタクの共通語だ」
いやいや、先方がオタクかどうかなんて、ドクター・ペッパーとアンディ・ウィアーだけじゃ判定できませんよ。
『吹替、誰?』
主人公のことだろう。
「ロキ様と同じです。ええと、マーベル。アベンジャーズ」
臙脂色の缶を傾けながら赤毛が片方の眉だけピクピクさせる。器用だ。考え事をしてるというサインだろうか。
「ああ、あの、声優が同じといっても、そこはちゃんとグレースで……」
ロキ様とはイメージが違うとか面倒なことを言い出しそうだったから、思わず弁解口調になる。
レミが片手をあげた。発言しようというのではなくて、これは私を黙らせるためだ。
16分割のひとつが大きくなって、ドクター赤毛ペッパーをすみに追いやった。
レゴブロックを踏んづけたエディ・マーフィみたいな軍服が、咳払いする。
軍服はけして早口でまくしたてたりしなかったけど、英語で、隣の姉がボソボソと同時通訳してくれた。
通訳以前に、理解が追いつかない。
計画を理解したうえで、次回までに参加するか否か最終的な決断をしてほしい、といって朗らかさをカラッカラに絞りとった軍服エディはログアウトした。
あとになって、16分割のほかの誰かとも話して情報交換できたんじゃと気づいたけど、コミュ力も低い私が初対面で会話できるのは、ペッパーくんが関の山だったろう。
ぐったりして家に帰った。もう夕食の時間だった。妹が煮込んだカレーを食べる。
現時点で公開可能な情報。
コミュ力どころか身体能力も低い私が、果たしてバトルできるんだろうかという懸念について。
思念をコンバートしてジェネレイトした触手をマニピュレートするのが私の役割なんだそうだ。
広告で流れてくるエロマンガを想像した。
なんだそりゃ。
おやすみなさい。
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