3人が本棚に入れています
本棚に追加
虚構日記 2023/10/19
昨夜のうちに、新しい契約書にサインした。
死亡したときは遺族に、働けなくなったときは私に、年金が支給される。
つまり私になにかあったら、姉と妹に金が入る。
「マオが行きたいっていったら、大学でも専門学校でも、行かせてやってね」
しんみりした気分で言うと、姉が眉をつりあげた。
「なにを急に母親っぽいこと言ってる? 私が死んだらトウコに金が入るんだぞ」
まさか車椅子の姉が、サトルが、前線に出るとは思っていなかった。
その話はまた後でまとめるとして(公開可能な情報かどうかもわからないし)、今日は帰りの電車が3時間遅延した。
契約書には、百鬼夜行が日本上陸してからではなく、訓練中の事故であっても何割かの支給があると明記してあった。
だから訓練がある、開始されることは把握していたつもりだった。
「契約書にサインした者は、今日から訓練に入る予定だったのに」
いや、聞いてない。
私はいつも絶対定時で帰る。だから、普通に仕事に行かせて、帰宅してから訓練、というスケジュールを組んでいたのだという。
そういうのは事務所を通してほしい。日本ベルサッサ・プロダクション。冗談が通じる気がしなくて、はあ、とだけこたえる。
それよりも、帰宅してからなんて、家事だってあるし、なにより睡眠時間を確保させてください。寝かせない気かよ。スパルタかよ。今どきはやんねえぞ。
姉とレミと三人で話して、やはり仕事を休んだほうがよいという話になった。
急に言われても引き継がなければならない仕事もあるし、なにより突然の長期休暇、理由はどうするのか。
その問題は、姉、いや書類上は夫であるところのサトルが脚を骨折して介護が必要になった、という設定になった。
「でも、そういうのは、診断書とか、介護者との親族関係を証明する住民票とかが必要で……まあ住民票はコンビニでとってこれるからいいとしてーー」
「診断書なら、手配する」
診断書とは、「手配」するものだったでしょうか。
レミがどこかへ電話をかけて、明日中には届くと言った。
それにしても、脚を骨折とは。
なんとなく車椅子に目をやったのを、姉に気づかれた。
「万が一にも、怪我したところを見せろと言われても、切断して処分しましたで済むだろ」
お得意の、少女マンガめいたキラキラの笑顔で言う。
万が一にも会社の誰かが確認しにくることはないだろうけど、そのときは、脚がどうとかより、見た目が問題になるだろう。
夫です、といって現れるのが車椅子のアンティーク・ドールだ。介護休暇じゃなくて、私自身が心を病んだ休暇になりそう。
素でピンク色のくちびるを横目に、サトルが男装しているのを見たのは、いったいいつのことだったかと記憶を探った。思い出せない。
そもそも妹のゴスロリ趣味だって、姉の、サトルの影響じゃないか。
電車待ちもあったし、疲れた。
全部明日にしよう。
おやすみなさい。
最初のコメントを投稿しよう!