虚構日記 2023/10/20

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虚構日記 2023/10/20

 通勤途中のコンビニで住民票をとった。  世帯主は私になっている。だって定職についているからと、デイトレーダーをやってるサトルが決めた。 「サトルは情報部の仕事もできたから、デイトレードの才能もあるんだね」  昨夜、仕事の話になったときにレミが言った。金髪のおさげを指でくるくるしながら。  なぜおまえがはにかむ。パートナーの有能さをのろけているつもりか。  突っ込むべきところはそこじゃなく、襟足が長めだったプラチナブロンドを、キュッと小さく細いおさげにしていたところだろうけど。  妹がやったに違いないし、首から下が筋肉ゴリラな以外は、英語の教科書に出てくるメアリーとかナンシーとかみたいだ。  つまり変な話、意外と似合う。  朝にはどこからか届いていたサトルの診断書と住民票をもって、庶務担当者に介護休暇の申請方法を確認してから上司に伝えた。  先に上司に話せば、休暇制度にろくな知識もないのに、休ませたくない、面倒だからと突っぱねられる危険があった。  実際、 「それってたしか、一週間しかとれない休暇だよね? 一ヶ月休むって、残りは欠勤になるよ。査定にも影響するけど大丈夫?」  といい加減な話で凄んでくる。  そう言えば私がひるんで、一週間に短縮するとでも思ったのだろうか。  査定はともかく、制度上は一ヶ月余裕でとれるし、その間、給料が出ない点では欠勤と見た目は変わりない。休暇でも欠勤でも、上司の気持ちが楽になるほうで思い込んでたらいいじゃないか。  休暇になる日数は総務に確認して申請します、とこたえておき、一ヶ月休暇の申請書を書き、提出し、仕事を片付けた。  金曜日に申請して、月曜日から介護休暇なんて、普通は認められない。  緊急やむをえないというなら、介護休暇を承認するまでのあいだは有給休暇を消費しろ、とくるかと想定していたものの、上司からの追撃はなかった。  忙しい以外はわりと平和に仕事をこなし、時間をずらした昼休憩で、顔見知りの幹部秘書とたまたまエレベーターで乗り合わせた。  むこうは客を案内していたから、会釈だけして、なんとなく様子を伺う。  幹部の客ならそこそこ重要人物なのだろう。それにしても、無闇にへりくだっているように見えたのは、少したどたどしい英語のせいだろうか。  客のほうは、わずかにフランス語訛りがある。上背もあり体格も良いから、まさかスーツで着痩せしたレミじゃねえだろなと盗み見た。  レミではなかった。  けど、目があった。  慌てて目をふせて、足元にいたまっくろくろすけみたいなやつに、行け、蹴ってやれ、とけしかけてみる。  相変わらず、海外の映像には異形が見切れたりしているものの、国内の動画やそこらで見かけるのは、まあ、まだ可愛げのあるレベルだ。 「ーーーー」  客が小さく、おいマジか、みたいな意味のフランス語をつぶやいた。  む、と顔をあげると、客がかけているメガネの黒いフレームに、ピンホールのような穴があいているのに気づいた。  眼鏡兵器だ。じゃなくて、レミがもっていたブレイン・ポートだ。  量産できないと聞いたけど、一個大隊の全員にもたせるほど大量には作れないという意味で、必要なら何人かには配っているのだろう。  さすがに縮み上がって、先にエレベーターをおりた。  幹部秘書が、じっと見送ってくるのを感じる。  ドアが閉まる寸前、背中にむかって客が早口のフランス語で、休暇不承諾にされたいのか、と言ってきた。  ごめんなさいごめんなさい。手回ししてくれてたんですねごめんなさい。  つい調子にのってしまった。  朝の通勤途中にいる爽やかカラス男子とは、私の思念がつくる触手で追いかけっこができるくらいの仲になった。前方不注意になって車にひかれそうなところを助けられまでした。  ちょっと、なんかいろいろうまくやれるんじゃないか私? とテンションあがって無作法になっている。  反省しながら帰宅すると姉が、ペッパーくんの連絡先を教えてくれた。 「契約書に正式にサインした者どうしは連絡をとりあうことが許可されるからな。気が合いそうだったろう」  姉なりに気を使っているらしい。ペッパーくんではなくて、サントスだかメントスだか自己紹介もあったはずだけど、ドクター・ペッパーの缶が似合いすぎていた。  いつもの私なら、連絡先を聞いたからといってすぐには連絡しない。できない。  一週間どころか数ヶ月、半年、一年と、こちらから連絡してよいものか悩んで、最終的にはこんなに間があいてしまったからもうよそう、と自分に言い訳する。  やっぱり、思いのほか新しい力が楽しくて、気が大きくなっているのだろう。  これからよろしく、と簡素な挨拶だけでもまずは送って、家事をすませて風呂からあがると、返信があった。  添付されていた画像を見て、思わずおかしな声でうめいてしまった。  サトルが搭乗する予定で開発されたロボットの、量産型がプレスリリースされたという。  もちろん、本来の目的はふせられているが、限定数受注生産するそうだ。 「ほぼ、ガンタンクじゃん……」  うらやましい、と思ってしまった。  おやすみなさい。
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